浅野氏時代の城下町上水
甲府上水は、甲府城主浅野氏の時代に当たる1592~1600年頃に整備されたと伝わる。飲用、生活、防火のために城下町で使われ、江戸の神田上水と並ぶ古い都市上水である。良質な井戸水を安定して得にくかった甲府で、既存の農業用水を改修して水を確保した。
荒川・相川から城下へ
水系は荒川の山宮取入口から湯川を経る用水と、荒川から陣場堰を通る用水を合わせ、相川大口から城下へ導いた。城下では石蓋を載せた石垣水路を基本とし、堀を越える掛樋や地中を通す埋樋も用いた。樋には修理しやすい木材が多く使われ、町用と農業用の利用時間を分ける時水制で渇水時の競合を調整した。
現在確認できる遺構
甲府市公式ページは、舞鶴小学校東側に残る甲府上水の跡を写真付きで示している。また、当時使用した幅約20センチメートルの箱型木樋は甲府市歴史公園に展示される。単一の閉鎖施設ではなく、市街地の水路跡と公園展示を通して確認する分散型の遺構である。
甲府上水を理解するための要点
本ページでは、甲府上水を山梨県・甲府市の上水道遺構として記録しています。以下は掲載資料から確認できる基本情報です。
- 記録上の所在地
- 山梨県甲府市(舞鶴小学校東側の水路跡・甲府市歴史公園の木樋展示)
- 施設種別
- 上水道遺構
- 年代・供用状況
- 甲府城主浅野氏時代(1592~1600年頃)に整備
- 構造・形式
- 石蓋を載せた石垣水路・掛樋・埋樋・木製箱樋
水道システムの中での役割
水道施設は、取水・導水・浄水・送水・配水という一連の工程の一部を担います。施設の名称、立地、構造、整備年代を合わせて見ると、地域の水道がどのように築かれたかを理解できます。 この一般的な役割と、上記の調査本文に記載したこの施設固有の歴史・構造を分けてご覧ください。
見学・現地確認について
掲載上の見学情報は「舞鶴小学校東側の水路跡は道路側から確認でき、幅約20センチメートルの木樋は甲府市歴史公園で屋外展示される」です。現況や公開条件は変更されることがあります。訪問前に管理者や自治体の最新案内を確認し、水道施設の管理区域や私有地には立ち入らないでください。
掲載内容はページ末尾の出典・参考資料2件を基に整理しています。資料間で表記が異なる場合は、自治体・管理者の案内を優先してください。
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出典・参考資料
年代・出典の扱いと現役施設を確認するときの注意はアーカイブの読み方・見学ガイドにまとめています。