工場給水塔現存

立飛の給水塔

立川飛行機の工場給水設備として1938年に建設された鉄筋コンクリート造給水塔。立飛ホールディングスの敷地に同系統の2基が残り、航空機産業と戦争の記憶を伝える。

年代・現況1938年(昭和13年)
所在地立川市
構造鉄筋コンクリート造・5層
見学私有地内・通常非公開、公共空間から外観確…

立川飛行機工場の給水設備

立飛の給水塔は、立飛ホールディングスの前身である立川飛行機が1938年に建設した。広大な航空機工場へ工業用水・生活用水を供給するための施設で、同系統の塔が2基残る。

建築構造と内部

公開取材された塔は高さ17.24メートルの鉄筋コンクリート造で、内部に4層の床を設け、その上に水槽を置く。中央の柱と円筒壁、壁沿いの階段で構成され、上部の張り出しは航空機の翼を思わせる独特な輪郭をつくる。

航空機産業と戦争

立川飛行機は軍用機を生産し、工場は戦時中に空襲を受けた。給水塔には機銃掃射や爆弾破片によるものとされる痕跡が残り、工場インフラと戦争被害を同時に読み取れる。

接収期に残された痕跡

終戦後、立川周辺は連合国軍に接収された。塔内には接収期に描かれたとみられる壁画が残り、建設時、戦時、占領期、戦後産業という複数の時代が一つの構造物に重なっている。

現況と見学

2基は立飛ホールディングスの敷地内に保存されている。多摩モノレール高松駅付近など公共空間から外観を確認できるが、通常の内部公開は行われていない。

Deep research

立川市の地域史資料、立飛ホールディングス提供情報を含む2026年の専門媒体取材、地域の戦争遺構資料を照合しました。2基を一つの工場施設群として扱い、公開取材対象の塔で確認された高さや内部構造を、もう1基へ無条件に当てはめていません。

最終確認:2026年7月30日

施設データを詳しく見る

建設
1938年(昭和13年)
建設主体
立川飛行機
現存数
2基
公開取材塔の高さ
17.24m
構造
鉄筋コンクリート造・内部4層+水槽
現在
役目を終え私有地内で保存

航空機工場で給水塔が担った流れ

  1. 1

    工場用水を確保

    航空機工場の生産と多数の従業員を支える水を場内で確保しました。

  2. 2

    塔上部へ揚水

    ポンプで鉄筋コンクリート塔の上部水槽へ水を送りました。

  3. 3

    高所で水を貯留

    水槽が工場内の需要変動を吸収し、配水のための位置エネルギーを蓄えました。

  4. 4

    工場区域へ配水

    高低差を使い、広い航空機工場の建物や設備へ水を供給しました。

  5. 5

    廃止後は歴史資料

    本来の給水機能を終えた後も、工場・戦災・接収の痕跡を残す構造物として保存されています。

立飛の給水塔の年表

  1. 石川島飛行機製作所が立川へ移転

    立飛の前身企業が月島から立川へ工場を移しました。

  2. 給水塔を建設

    航空機工場の給水設備として鉄筋コンクリート造の塔が完成しました。

  3. 軍用機生産と空襲

    工場は軍需生産を担い、空襲を受けました。塔体にも戦災痕跡が残ります。

  4. 接収期を経験

    周辺施設は連合国軍に接収され、塔内には接収期とみられる壁画が残りました。

  5. 工場用途が転換

    航空機製造禁止などを経て企業と土地利用が変化し、塔は給水設備としての役割を終えました。

  6. 立川市地域史で紹介

    市の「立川物語」が昭和13年建造の給水塔として記録しました。

  7. 内部取材で構造を記録

    専門媒体が立飛の協力を得て内部構造と壁画を紹介しました。

見学・アクセス情報

2基は立飛ホールディングス関係地の私有地内にあり、通常公開されていません。多摩モノレールや周辺公共空間から外観を確認できます。

通常公開
非公開
外観
高松駅周辺などから確認可能
内部
許可を得た取材等に限定
所有・管理
立飛ホールディングス関係企業
注意
私有地へ無断で入らない

見学目的でも門・柵・管理区域を越えず、限定公開が告知された場合だけ主催者の案内に従ってください。

建築・戦争遺構として確認できる情報

2026年6月公開取材時点

公開取材で確認された代表的な構造と痕跡を整理しました。

塔体
鉄筋コンクリート造
内部
4層の床と上部水槽
支持構造
中央柱と円筒壁
高さ
17.24m

取材対象の塔

戦災痕跡
機銃・破片痕とされる損傷
接収期痕跡
塔内壁画

一般公開されていない私有施設です。取材記事の情報を現地への立入根拠として使うことはできません。

よくある質問

立飛の給水塔は何基残っていますか?

立飛ホールディングスが保有する同系統の2基が確認されています。

いつ造られましたか?

立川飛行機の工場設備として1938年に建設されました。

現在も水を供給していますか?

本来の給水塔としての役割は終えています。

戦争遺構でもありますか?

はい。戦時期の航空機工場に属し、塔体には空襲被害に関係するとされる痕跡が残ります。

塔内の絵は何ですか?

接収期に描かれたとみられる壁画です。制作時期と作者を断定できる資料は確認できていません。

見学できますか?

通常非公開です。公共空間から外観を眺め、私有地へは入らないでください。

立飛の給水塔を理解するための要点

本ページでは、立飛の給水塔東京都・立川市工場給水塔として記録しています。以下は掲載資料から確認できる基本情報です。

記録上の所在地
東京都立川市高松町一丁目100番周辺(立飛ホールディングス敷地)
施設種別
工場給水塔
年代・供用状況
1938年(昭和13年)
構造・形式
鉄筋コンクリート造・5層

水道システムの中での役割

配水・給水施設は、処理済みの水を一時的に蓄え、需要の変化を調整しながら地域へ届ける工程を担います。高低差やポンプを利用して水圧を保つことも重要な役割です。 この一般的な役割と、上記の調査本文に記載したこの施設固有の歴史・構造を分けてご覧ください。

見学・現地確認について

掲載上の見学情報は「私有地内・通常非公開、公共空間から外観確認」です。稼働中の水道施設や管理区域は、衛生・保安上の理由から通常非公開の場合があります。門や柵を越えず、公道など許可された場所から確認してください。

掲載内容はページ末尾の出典・参考資料3件を基に整理しています。資料間で表記が異なる場合は、自治体・管理者の案内を優先してください。

所在地マップ

東京都立川市高松町一丁目100番周辺(立飛ホールディングス敷地)

OpenStreetMapで大きく見る ↗

ピンは公開されている登録住所を基にした位置の目安です。施設の管理区域には立ち入らないでください。

座標確認:国土地理院 住所検索

関連タグ

#工場給水塔#軍需工場#立川飛行機#昭和前期#戦争遺構

年代・出典の扱いと現役施設を確認するときの注意はアーカイブの読み方・見学ガイドにまとめています。

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