旧陸軍技術研究所の給水塔
東京学芸大学小金井キャンパス周辺は、戦前に旧陸軍技術研究所が置かれた場所である。東門近くのコンクリート造給水塔も研究所内の給水設備として建設され、1947年の写真にその姿が記録されている。
戦後の管理移管
終戦後、旧軍用地と施設は大蔵省関東財務局の管轄となった。大学の前身校が敷地を利用する一方、給水塔は地域の水道施設として転用されることになる。
小金井町営水道への転用
1955年、給水塔と水源は小金井町営水道に利用された。軍事研究施設のインフラが、戦後の人口増加を支える生活用水設備へ転換された事例である。
1970年前後の解体
東京学芸大学大学史資料室は、水道事業が東京都へ移管された1970年前後に東門近くの塔が取り壊されたようだと説明している。資料に正確な解体日の記載がないため、本ページでも「1970年前後」とする。
水源の継承と現在
塔は失われたが、水源は東京都水道局の「貫井北第一号水源」として利用が続くと大学資料は記す。跡地周辺は大学院研究棟などへ変化しており、同資料には塔を示す現地の常設展示について記載されていない。
Deep research
東京学芸大学大学史資料室と小金井市観光まちおこし協会の資料を照合し、旧陸軍技術研究所での建設、戦後の国有財産管理、1955年の小金井町営水道転用、1970年前後の解体、水源継承を整理しました。正確な建設年・解体日は不明として扱います。
最終確認:2026年7月30日
施設データを詳しく見る
- 建設
- 戦前・旧陸軍技術研究所
- 1947年
- 写真記録あり
- 町営水道利用
- 1955年から
- 解体
- 1970年前後
- 旧所在地
- 東京学芸大学東門北側
- 継承水源
- 貫井北第一号水源
軍施設の給水塔が町営水道へ転用された流れ
- 1
旧陸軍が地下水源を整備
技術研究所の用水を確保するため、井戸と給水塔が設けられました。
- 2
塔へ揚水
地下水をポンプでコンクリート造給水塔の水槽へ押し上げました。
- 3
研究所内へ配水
高所の水槽から重力で研究所施設へ水を供給しました。
- 4
戦後に町営水道へ転用
1955年から小金井町の水源・給水施設として地域の生活用水に使われました。
- 5
東京都水道へ水源継承
塔は解体されましたが、水源は貫井北第一号水源として継承されました。
東京学芸大学東門の旧給水塔の年表
旧陸軍技術研究所が給水塔を建設
小金井の研究所施設へ水を供給するインフラとして整備されました。
給水塔を写真記録
大学資料に旧陸軍施設と未墾地を写した写真が残ります。
大蔵省関東財務局が管理
旧軍施設が国有財産として引き継がれました。
小金井町営水道に転用
軍施設の水源と塔が地域給水へ役割を変えました。
給水塔を解体
水道事業の東京都移管期に塔が撤去されたと大学資料は説明します。
跡地利用が変化
ごみ収集車両基地などを経て、現在は大学院研究棟周辺となりました。
大学史資料室が経緯を公開
旧陸軍施設、町営水道、解体、水源継承をまとめた資料を公開しました。
見学・アクセス情報
給水塔は解体済みで、現地に塔はありません。旧所在地は大学構内であり、大学の利用規則と立入案内に従ってください。
- 塔本体
- 解体済み
- 旧所在地
- 東京学芸大学東門北側
- 現況
- 大学院研究棟周辺
- 水源施設
- 貫井北第一号水源として継承
- 写真資料
- 大学史資料・小金井市提供写真で確認可
見学目的でも門・柵・管理区域を越えず、限定公開が告知された場合だけ主催者の案内に従ってください。
大学史資料で確認できる継承関係
2025年公開の東京学芸大学大学史資料
軍用施設から町営水道、東京都水道へ移った経緯を、確認できる年月で整理しました。
- 当初用途
- 旧陸軍技術研究所給水施設
- 戦後管理
- 大蔵省関東財務局
- 町営利用開始
- 1955年
- 塔解体
- 1970年前後
- 現水源名称
- 貫井北第一号水源
- 建設年・塔高
- 確認できず
大学資料も解体時期を「1970年前後」「取り壊されたよう」としており、正確な日付は断定できません。
よくある質問
東京学芸大学の給水塔は現在もありますか?
ありません。大学資料では1970年前後に解体されたとみられています。
大学が建てた給水塔ですか?
いいえ。前身は旧陸軍技術研究所の給水施設です。
戦後は何に使われましたか?
1955年から小金井町営水道の水源・給水施設として利用されました。
なぜ解体されましたか?
水道事業が東京都へ移管された時期に撤去されたとされますが、具体的な解体理由を示す資料は確認できていません。
水源もなくなりましたか?
大学資料では、水源は東京都水道局の貫井北第一号水源として利用が続くと説明されています。
跡地を見学できますか?
塔はなく、旧所在地は大学構内です。大学の公開範囲と利用規則に従ってください。
東京学芸大学東門の旧給水塔を理解するための要点
本ページでは、東京学芸大学東門の旧給水塔を東京都・小金井市の旧軍施設・給水塔として記録しています。以下は掲載資料から確認できる基本情報です。
- 記録上の所在地
- 東京都小金井市貫井北町四丁目1番1号(東京学芸大学東門付近・旧所在地)
- 施設種別
- 旧軍施設・給水塔
- 年代・供用状況
- 戦前建設・1955年町営水道利用・1970年前後解体
- 構造・形式
- コンクリート造給水塔
水道システムの中での役割
配水・給水施設は、処理済みの水を一時的に蓄え、需要の変化を調整しながら地域へ届ける工程を担います。高低差やポンプを利用して水圧を保つことも重要な役割です。 この一般的な役割と、上記の調査本文に記載したこの施設固有の歴史・構造を分けてご覧ください。
見学・現地確認について
掲載上の見学情報は「塔は現存せず・大学構内は利用規則に従う」です。この施設は現存しない、または解体済みとして記録しています。旧所在地を確認する場合も、私有地や管理区域へ立ち入らず、現地の案内表示に従ってください。
掲載内容はページ末尾の出典・参考資料2件を基に整理しています。資料間で表記が異なる場合は、自治体・管理者の案内を優先してください。
所在地マップ
東京都小金井市貫井北町四丁目1番1号(東京学芸大学東門付近・旧所在地)
ピンは公開されている登録住所を基にした位置の目安です。施設の管理区域には立ち入らないでください。
座標確認:国土地理院 住所検索 ↗関連タグ
年代・出典の扱いと現役施設を確認するときの注意はアーカイブの読み方・見学ガイドにまとめています。