第1疏水にある「第二隧道」の東側入口
第2トンネル入口は、琵琶湖から京都へ水を運ぶ第1琵琶湖疏水の山科区間にある、第二隧道の東坑門です。公式の「見どころ」案内は山科エリアの第2トンネル入口として紹介し、文化庁の指定記録は第二隧道の所在地を京都市山科区御陵黒岩・御陵封ジ山町とします。この登録は入口と出口を含む一つの隧道に対するもので、両方の坑門が同じ番地にあると断定しません。第2疏水という1912年完成の別系統の水路とも区別します。[1][2][10]
1887年12月30日完成と、文化庁の1888年建設年
京都市琵琶湖疏水記念館が公開する工事中写真の解説によれば、第2トンネルは当初の計画にはなく、設計変更により採用されました。同館は1887(明治20)年3月に着工し、同年12月30日に完成したと記しています。一方、文化庁の国宝指定記録と京都市の2025年指定説明資料は建設年を1888(明治21)年とします。記録の対象や完成・竣工の定義による差かどうかは確認できないため、両方の記載を併記します。第1疏水全体の1890年完成を本トンネル単独の完成年へ置き換えません。[2][5][8][10]
煉瓦造の隧道と石造の入口ポータル
文化庁の指定記録は第二隧道を「煉瓦造隧道、延長125.3m、翼壁附属」としています。京都市の2025年説明資料は、入口部に古典主義的な石造ポータルがあり、出口部は石造の尖頭アーチと煉瓦造ポータルを組み合わせたゴシック風意匠だと区別しています。この見た目の差は東口と西口の特徴です。京都市の疏水概要データにある高さ4.09m・幅員4.54mは第2トンネルの表記であり、入口坑門の外形寸法そのものとは限りません。[2][7][8]
「125.3m」「約125m」「約124m」の扱い
トンネルの長さには公式資料間で異なる表記があります。文化庁の2025年指定記録は125.3m、京都市記念館の歴史写真解説は約125m、京都市上下水道局の概要データと日本遺産「見どころ」案内は124mまたは約124mです。測定範囲や基準時点の差を確定できないため、国宝の構造欄は文化庁の125.3mを採用し、一般案内の概数も明示します。いずれも第二隧道全体の延長であって、入口構造物だけの長さではありません。[1][2][5][7]
井上馨の扁額と西側の西郷従道の文字
東口には井上馨が揮毫した「仁以山悦智為水歓(じんはやまをもってよろこび、ちはみずのためによろこぶ)」の扁額があります。京都市の公式案内は、仁者は動かない山を、智者は流れる水を喜ぶという趣旨を説明しています。反対側の西口には西郷従道による「隨山到水源」が掲げられています。東口の井上馨と西口の西郷従道を混同せず、文字の意味は公式案内の解釈に基づいて紹介します。[1][6][9]
山科疏水の水の経路と隣接する橋
第1疏水の水は大津側の第1トンネルを抜けて山科北部の山裾を流れ、第二隧道を東口から西口へ通過して第三隧道・蹴上へ進みます。京都市の2025年文化財説明資料では、1904(明治37)年建設の第一〇号橋(山ノ谷橋)が第二隧道入口のやや上流に位置すると紹介されています。第一〇号橋は別の指定建造物であり、その建設年や橋の構造を第二隧道のものとして扱いません。第1疏水全体の流量毎秒8.35m³も入口の独立した測定値ではありません。[8][10]
2025年に「第二隧道」が国宝指定
京都市は2025年5月16日に文化審議会の国宝・重要文化財指定答申を発表し、同年8月27日発行の官報で琵琶湖疏水施設が正式指定されたと公表しました。文化庁の指定記録では第二隧道は1所、2025年8月27日付の国宝です。「第2トンネル入口」だけが独立して国宝1件になったわけではありません。京都市の説明する国宝5か所には第一隧道・第二隧道・第三隧道・インクライン・南禅寺水路閣が含まれます。[2][3][4]
現役水路の保全と見学の範囲
第二隧道は京都市が管理する第1疏水の構成施設として残っています。京都市は1968~1974年に第1・第2疏水の大津~蹴上区間全線で導水路整備事業を実施したと説明しますが、第二隧道に対する個別の補修工法・完成年月までは今回確認できません。琵琶湖疏水記念館は東口・西口をめぐる散策ルートを案内する一方、京都市は水路内部への立入や釣り・遊泳・無許可の乗艇を禁止しています。公開された周辺歩道からの外観見学と、坑門内・水路内への入場を明確に区別してください。[6][11][12]
Deep research
京都市琵琶湖疏水記念館の工事写真解説、京都市上下水道局の施設案内、文化庁の2025年国宝指定記録を照合しました。1887年12月30日の完成記述と1888年建設年、124m前後の案内値と125.3mの文化財指定値を出典別に区別しています。
最終確認:2026-11-04
施設データを詳しく見る
- 記念館の着工記録
- 1887年3月
- 記念館の完成記録
- 1887年12月30日
- 文化庁の建設年
- 1888年
- 隧道延長
- 125.3m
- 高さ・幅員
- 4.09m・4.54m
- 構造
- 煉瓦造、翼壁附属
- 東口の扁額
- 仁以山悦智為水歓
- 西口の扁額
- 隨山到水源
- 国宝指定日
- 2025年8月27日
- 入口単独の現行流量
- 公式公開資料で確認できない
当初計画にはなく、設計変更で建設されたと同館が説明
文化庁の1888年建設年とは一致しない。理由は未解明
国宝「琵琶湖疏水施設 第二隧道」の登録値
文化庁の指定記録。京都市一般案内は約124m、京都市記念館は約125m
京都市の琵琶湖疏水路概要データによるトンネル寸法。坑門外形ではない
入口石造ポータル、出口煉瓦造ポータルという京都市の意匠説明を併記
井上馨の揮毫
西郷従道の揮毫。東口ではない
5月16日は文化審議会の答申日
第1疏水全体の流量を入口の実績値にしない
第1疏水が第二隧道を通過する経路
- 1
琵琶湖から第1疏水へ
第1疏水の上流取水口から琵琶湖の水を京都へ導く。第2疏水の取水口ではない。
- 2
長等山の第一隧道を通過
第1疏水は大津側から長等山の第1トンネルを通って山科区側へ出る。
- 3
山科北部の開水路を進む
山科の山裾を流れる第1疏水の区間で、第一〇号橋付近を経て第二隧道の東口へ向かう。
- 4
東口の石造ポータルに達する
井上馨の扁額を掲げる石造の坑門から第二隧道へ入り、煉瓦造の水路トンネルを通過する。
- 5
西口から開水路に出る
西郷従道の扁額を持つ西側の坑門を出る。東口とは意匠も扁額の揮毫者も異なる。
- 6
第三隧道から蹴上へ
さらに山科の第1疏水を西へ進み、第三隧道を経て蹴上方面へ水が届く。
第二隧道の建設・指定と疏水の沿革
第1疏水全体の工事開始
京都市の疏水史に記録。第二隧道自身の着工日ではない。
第二隧道を着工
京都市記念館は、当初計画を変更して建設に至ったと記録。
京都市記念館が伝える完成日
記念館の歴史写真解説の記載。文化庁の建設年とは差がある。
文化庁が記録する建設年
国宝指定記録と京都市2025年説明資料の表記。差の原因は確定できない。
第1疏水の上流区間が竣工・竣工式
大津~鴨川合流点の工事が3月に完了、4月9日に竣工式。第二隧道の独立完成日とは別。
大津~蹴上の導水路整備
京都市の歴史資料による第1・第2疏水全線の整備で、第二隧道個別の工事内訳は不詳。
文化審議会が国宝指定を答申
指定を求めた答申であり正式指定日ではない。
第二隧道を国宝に正式指定
官報告示と文化庁の指定データにより確認。
現役疏水の安全な観察が前提
京都市は水路内部への立入等を禁止。専用の坑門内部公開案内は未確認。
見学・アクセス情報
京都市記念館は山科区の東口・西口をたどる散策コースを公開しています。水路内やトンネル内への一般入場を意味せず、立入規制を守って周辺の公開歩道から観察してください。
- 所在地
- 京都市山科区御陵黒岩付近(第二隧道の指定所在地は御陵黒岩・御陵封ジ山町)
- 公開されている案内
- 京都市琵琶湖疏水記念館の「大津~山科さんぽ」に東口・西口を含む散策ルート
- 最寄りの公共交通
- 京都市記念館のモデルコースは地下鉄東西線御陵駅を起点に紹介
- 坑門・トンネル内
- 常設一般公開の案内は確認できない。水路内部・閉鎖管理区域には立ち入れない
- 現地注意
- 散策路の通行規制は最新案内を確認。無許可乗艇・釣り・遊泳は禁止
見学目的でも門・柵・管理区域を越えず、管理者が案内する公開条件と指定経路に従ってください。
水路管理と公表値の区分
第二隧道は第1疏水を通す土木施設であり、浄水処理や飲用水質検査を行う施設ではありません。第1疏水全体の設計流量、京都市の水道水質値、2025年文化財指定時の延長を同じ指標にしません。第二隧道の独立した2026年時点の導水流量・水質データは今回の公式資料で確認できません。[2][7][10][11]
よくある質問
第2トンネル入口はどこにありますか?
京都市山科区の第1疏水上、第二隧道の東側坑門です。指定記録の第二隧道所在地は御陵黒岩と御陵封ジ山町です。
第2トンネルは第2疏水のトンネルですか?
いいえ。第1琵琶湖疏水の一部です。1912年完成の第2疏水とは別の水路系統です。
トンネルの長さは何mですか?
文化庁の国宝指定記録では125.3mです。京都市の見どころ案内は約124m、同市記念館は約125mと表記し、算定差は未解明です。
1887年完成と1888年建設のどちらが正しいですか?
京都市記念館は1887年12月30日完成、文化庁は1888年建設と記録します。定義や記録上の差は確認できないため双方を示します。
入口の「仁以山悦智為水歓」は誰が書いたものですか?
井上馨の揮毫です。動かない山と流れる水を対比した言葉と京都市の公式案内は説明します。
西側の出口にも扁額がありますか?
はい。西側には西郷従道の「隨山到水源」が掲げられ、東口とは意匠も揮毫者も異なります。
入口単体が国宝に指定されたのですか?
入口だけの独立指定ではありません。第二隧道(煉瓦造隧道、翼壁附属)1所が2025年8月27日に国宝指定されました。
内部を歩いて見学できますか?
常設の一般公開案内は確認できません。京都市記念館は周辺の散策路を紹介していますが、疏水の水路内部・管理区域への立入は禁止です。
近くにほかの近代土木遺産はありますか?
京都市の指定説明資料は、第二隧道入口のやや上流に1904年建設の第一〇号橋(山ノ谷橋)があると記載しています。第二隧道とは別の施設です。
琵琶湖疏水 第2トンネル入口を理解するための要点
本ページでは、琵琶湖疏水 第2トンネル入口を京都府・京都市山科区の疏水施設として記録しています。以下は掲載資料から確認できる基本情報です。
- 記録上の所在地
- 京都府京都市山科区御陵黒岩付近(文化庁指定記録の第二隧道所在地は御陵黒岩・御陵封ジ山町)
- 施設種別
- 疏水施設
- 年代・供用状況
- 京都市記念館は1887年12月30日完成と記録。文化庁の国宝指定記録では建設年1888年。両資料の年次差は未解明
- 構造・形式
- 第1疏水の煉瓦造第二隧道の東側坑門。入口部は石造ポータル・古典主義的意匠。文化庁のトンネル延長125.3m、翼壁附属
- 能力・規模
- 第2トンネル延長125.3m(文化庁指定記録)。京都市の一般案内では約124m。入口単独の流量は不詳
- 文化財等
- 国宝「琵琶湖疏水施設 第二隧道」(2025年8月27日指定)。指定は入口だけでなく煉瓦造隧道と翼壁を含む1所
施設の機能と地域での役割
水路・隧道・水路橋などは、水を運ぶ経路や関連設備です。用途は施設によって異なるため、上水道だけに限定せず、送水先や地域での役割を本文で確認してください。 この一般的な役割と、上記の調査本文に記載したこの施設固有の歴史・構造を分けてご覧ください。
見学・現地確認について
掲載上の見学情報は「京都市琵琶湖疏水記念館が東口・西口をたどる散策コースを紹介。公開された周辺歩道からの外観観察に限り、水路・トンネル内部や管理区域には立ち入れない」です。公開日、受付方法、見学可能範囲は変更されることがあります。訪問前に管理者や自治体の最新案内を確認し、現地では指定された見学経路に従ってください。
掲載内容はページ末尾の出典・参考資料12件を基に整理しています。資料間で表記が異なる場合は、自治体・管理者の案内を優先してください。
所在地マップ
京都府京都市山科区御陵黒岩付近(文化庁指定記録の第二隧道所在地は御陵黒岩・御陵封ジ山町)
地図を読み込むとGoogle マップへ通信します。
地図は公開住所をもとに検索表示しています。施設の管理区域には立ち入らないでください。
地図検索:公開住所による地図検索 ↗出典・参考資料
- 1日本遺産・琵琶湖疏水「第2トンネル入口」(第1疏水、約124m、井上馨の扁額)↗本文に戻る ↑
- 2文化庁「文化遺産オンライン:琵琶湖疏水施設 第二隧道」(1888年・125.3m・煉瓦造・翼壁・所在地・2025年国宝指定)↗本文に戻る ↑
- 3京都市上下水道局「琵琶湖疏水施設 国宝・重要文化財への指定について」(2025年5月16日答申)↗本文に戻る ↑
- 4京都市「琵琶湖疏水施設 国宝・重要文化財への正式指定について」(2025年8月27日官報告示)↗本文に戻る ↑
- 5京都市琵琶湖疏水記念館「工事中の第2トンネル西口」(1887年3月着工・同年12月30日完成、当初計画からの変更)↗本文に戻る ↑
- 6京都市琵琶湖疏水記念館「疏水さんぽ・大津~山科」(東口・西口の扁額、散策コース)↗本文に戻る ↑
- 7京都市上下水道局「琵琶湖疏水路 概要データ」(第2トンネル124m、高さ4.09m、幅員4.54m)↗本文に戻る ↑
- 8京都市「国宝・重要文化財への指定について」市長記者会見資料(第2隧道の入口石造ポータル・出口煉瓦造尖頭アーチ)↗本文に戻る ↑
- 9日本遺産・琵琶湖疏水「扁額」(東口の井上馨、西口の西郷従道による揮毫)↗本文に戻る ↑
- 10京都市上下水道局「琵琶湖疏水の歴史(2)」(第1疏水の1885年着工・1890年竣工と水路全体の流れ)↗本文に戻る ↑
- 11京都市上下水道局「琵琶湖疏水の歴史(5)」(1968~1974年の第1・第2疏水全線改修。隧道個別の工事履歴とは区別)↗本文に戻る ↑
- 12京都市上下水道局「琵琶湖疏水を大切に守りましょう」(水路立入・遊泳・釣り・無許可乗艇の禁止)↗本文に戻る ↑
年代・出典の扱いと現役施設を確認するときの注意はアーカイブの読み方・見学ガイドにまとめています。