福島市民5万人のため1922年に着工
福島市は良質な地下水に恵まれにくかったため、阿武隈川を水源とする近代水道を整備した。渡利の弁天山南側で1922年に沈殿池、ろ過池、配水池などの工事へ着手し、松齢橋の鉄橋化と上水管敷設も進めて1925年に完成した。全国でも早い時期に整備された近代水道施設の一つである。
創設時は取水・沈殿・緩速ろ過・配水を一体化
創設施設は阿武隈川の取水塔、導水設備、沈砂・ポンプ設備、沈殿池、緩速ろ過池、浄水池、配水池、取水ポンプ室、管理事務所などで構成された。河川から取った水を段階的に処理し、市街地へ送る一連の工程を渡利地区に集約していた。
市の拡大に合わせて急速ろ過へ改良
市勢の拡大と周辺町村の合併、水需要の増加に対応して第4・第5次拡張を進め、沈殿池・緩速ろ過池の改良と急速ろ過設備を整備した。創設当初の施設を使い続けながら、処理能力と方式を段階的に更新してきた。
阿武隈川の水質悪化に粒状活性炭で対応
1960年代末には主水源の阿武隈川で水質悪化が課題となり、1970年から第6次拡張事業を実施した。1971年には異臭味対策の粉末活性炭注入設備、1972年には高度浄水処理として粒状活性炭ろ過槽を完成させた。福島市はこの粒状活性炭設備を全国初の導入例として紹介している。
第7次拡張で日量93,880立方メートルへ
1977年に第7次拡張事業へ着手し、1982年には水需要増加へ対応するため阿武隈川の暫定水利権を得て渡利浄水場を拡張した。福島市の水道史は第7次拡張後の施設能力を一日93,880立方メートルとしている。この値は創設時の能力ではなく、後年の拡張後の規模である。
摺上川ダム受水へ移行して2007年に廃止
福島市は摺上川ダムを新たな広域水源とする第8次拡張を進め、2003年から暫定受水、2005年から受水量増量を行った。2007年3月には渡利浄水場の廃止式を行い、約82年間にわたった浄水場としての機能を終えた。
旧施設の記録保存と撤去が並行
機能終了後も福島市の水道史を伝える施設として写真・資料が残され、限定的な学習見学も行われてきた。一方、近年は使用していない旧渡利浄水場施設の撤去事業も進められている。現存範囲を過去写真から推測せず、訪問や保存状況の確認は最新の公式情報を優先する。
Deep research
福島市の水道史、文化財・歴史資料、水道事業年表、旧施設資料、近年の撤去事業資料を照合し、創設水道、処理方式の変遷、全国初とされる粒状活性炭ろ過、第7次拡張、2007年の機能終了まで整理しました。現役施設ではないため、水質欄は施設・水道史の公表データに置き換えています。
最終確認:2026年9月4日
施設データを詳しく見る
- 着工
- 1922年
- 完成
- 1925年
- 創設時想定給水人口
- 50,000人
- 創設時水源
- 阿武隈川
- 第7次拡張時能力
- 93,880立方メートル/日
- 浄水場機能終了
- 2007年3月
阿武隈川から福島市街地までの旧水道の流れ
- 1
阿武隈川から取水
創設時は阿武隈川の水を取水塔から取り入れました。
- 2
沈砂・ポンプで導水
沈砂設備と取水ポンプを通し、渡利の浄水施設へ送水しました。
- 3
沈殿池で濁りを除去
原水の大きな濁りを沈め、ろ過工程へ送ります。
- 4
緩速ろ過から急速ろ過へ
創設時の緩速ろ過を、都市拡大と原水水質の変化に合わせて急速ろ過へ改良しました。
- 5
活性炭で異臭味対策
粉末活性炭に加え、1972年には粒状活性炭ろ過槽を導入しました。
- 6
浄水池・配水池から市街地へ
処理水を浄水池・配水池へ蓄え、松齢橋などの管路を通じて市街地へ送りました。
渡利浄水場と福島市水道の年表
創設水道工事を着工
弁天山南側で沈殿池、ろ過池、配水池などの建設を始めました。
福島市水道浄水場が完成
阿武隈川を水源とする近代水道として給水を支え始めました。
第4・第5次拡張
沈殿池・緩速ろ過池を改良し、急速ろ過設備を整備しました。
第6次拡張を開始
取水増量、急速ろ過への改良、異臭味対策を進めました。
粉末活性炭設備を完成
阿武隈川の異臭味対策を強化しました。
粒状活性炭ろ過槽を完成
福島市は全国初の粒状活性炭ろ過設備として紹介しています。
第7次拡張を開始
市内水道事業の統合と渡利浄水場の能力増強を進めました。
施設を再拡張
阿武隈川の暫定水利権を得て、施設能力93,880立方メートル/日の体制へ拡張しました。
摺上川ダム系統の受水を拡大
新水源への切替に向けて段階的に受水量を増やしました。
渡利浄水場を廃止
浄水場としての機能を終了し、摺上川ダム系統へ本格移行しました。
不要施設の撤去を継続
旧渡利浄水場の使用していない施設について撤去事業が進められています。
見学・アクセス情報
旧渡利浄水場は2007年に機能を終了した旧施設で、通常の公開施設ではありません。限定的な水道学習の見学例はありますが、撤去事業も進行しています。
- 通常公開
- なし
- 限定見学
- 水道学習等の実施例あり
- 自由入場
- 不可
- 現況
- 不要施設の撤去事業を実施
- 所在地表現
- 福島市渡利・弁天山南側
- 確認先
- 福島市上下水道局の最新案内
見学目的でも門・柵・管理区域を越えず、管理者が案内する公開条件と指定経路に従ってください。
公表された施設・水道史データ
創設から機能終了まで
現役浄水場ではないため、現在の水質測定値ではなく、福島市が公表する処理方式と施設能力の変遷を整理します。
- 創設水道着工
- 1922年
- 創設水道完成
- 1925年
- 創設時給水対象
- 市民50,000人
- 粉末活性炭
- 1971年7月導入
- 粒状活性炭
- 1972年5月完成
- 第7次拡張能力
- 93,880立方メートル/日
- 機能終了
- 2007年3月
- 近年
- 旧施設撤去事業を継続
93,880立方メートル/日は後年の第7次拡張時の能力であり、1925年の創設時能力ではありません。
よくある質問
渡利浄水場はいつ完成しましたか?
1922年に着工し、1925年に完成しました。
何の川の水を使っていましたか?
創設時から主に阿武隈川を水源としていました。
最初から急速ろ過でしたか?
いいえ。創設時は緩速ろ過で、その後の拡張で急速ろ過へ改良しました。
粒状活性炭はいつ導入されましたか?
1972年5月に粒状活性炭ろ過槽が完成しました。福島市は全国初の導入例として紹介しています。
処理能力はどのくらいでしたか?
第7次拡張後の施設能力は一日93,880立方メートルです。創設時の能力とは異なります。
いつ廃止されましたか?
2007年3月に廃止式を行い、浄水場機能を終了しました。
現在見学できますか?
通常の公開施設ではありません。過去に限定学習見学の例はありますが、撤去事業も進んでいるため最新の公式案内を確認してください。
なぜ役割を終えたのですか?
摺上川ダムを水源とする広域供給へ段階的に切り替えたためです。
福島市水道浄水場(旧渡利浄水場)を理解するための要点
本ページでは、福島市水道浄水場(旧渡利浄水場)を福島県・福島市の旧浄水場として記録しています。以下は掲載資料から確認できる基本情報です。
- 記録上の所在地
- 福島県福島市渡利(弁天山南側)
- 施設種別
- 旧浄水場
- 年代・供用状況
- 1922年着工、1925年完成、1970年代に高度処理へ改良、2007年3月浄水場機能終了
- 構造・浄水方式
- 創設時は取水塔・沈殿池・緩速ろ過池・浄水池・配水池、後年に急速ろ過・粒状活性炭ろ過設備を増設
- 公表された浄水能力等
- 第7次拡張時の施設能力93,880立方メートル/日
施設の機能と地域での役割
浄水施設は、水源から取り入れた原水の濁りや不純物を取り除き、水道水へ処理する工程を担います。施設固有の処理方式・能力・水源は本文の出典に基づいて確認してください。 この一般的な役割と、上記の調査本文に記載したこの施設固有の歴史・構造を分けてご覧ください。
見学・現地確認について
掲載上の見学情報は「2007年に浄水場機能を終了した旧施設で、通常の自由見学施設ではない。過去に水道学習等の限定見学例はあるが、2024年度以降は不要施設の撤去事業も進められているため、現地の立入条件は福島市上下水道局の最新案内を確認する」です。公開日、受付方法、見学可能範囲は変更されることがあります。訪問前に管理者や自治体の最新案内を確認し、現地では指定された見学経路に従ってください。
掲載内容はページ末尾の出典・参考資料6件を基に整理しています。資料間で表記が異なる場合は、自治体・管理者の案内を優先してください。
所在地マップ
福島県福島市渡利(弁天山南側)
ピンは公開されている登録住所を基にした位置の目安です。施設の管理区域には立ち入らないでください。
座標確認:MapFan 施設地図 ↗関連タグ
出典・参考資料
年代・出典の扱いと現役施設を確認するときの注意はアーカイブの読み方・見学ガイドにまとめています。