成立年代には諸説がある
神田上水は、井の頭池、善福寺池、妙正寺池を水源とし、神田川を利用して江戸市中へ水を送った上水道である。東京都水道局は1629年頃に完成したと言われると紹介する一方、創設年代には諸説があり、史料からは江戸時代初めの寛永末年頃までに完成していたと考えられるとしている。
石樋と木樋で市中へ配水
上水を通じて運ばれた水は、江戸市中に設けられた石積みの水路である石樋、木製の水道管である木樋、ますなどを通して利用された。神田上水は玉川上水とともに明治時代まで江戸・東京の給水を支えたが、近代水道が整備された後に撤去された。現在稼働する導水路ではない。
見学できるのは関連遺構と旧水路跡
現地で確認できるのは上水全体ではなく、神田上水掛樋跡、関口の大洗堰跡、旧水路に沿う道や移設・保存された関連資料などである。文京区は大洗堰跡などを観光コースの見どころとして案内している。見学時は各地点の公開条件に従い、現存する一つの施設としてではなく旧上水系の痕跡としてたどる。
神田上水を理解するための要点
本ページでは、神田上水を東京都・武蔵野市・杉並区・文京区・千代田区ほかの上水道跡として記録しています。以下は掲載資料から確認できる基本情報です。
- 記録上の所在地
- 井の頭池・善福寺池・妙正寺池から神田川を経て江戸市中へ至った旧上水系
- 施設種別
- 上水道跡
- 年代・供用状況
- 1629年(寛永6年)頃完成と伝わる
- 構造・形式
- 河川・開渠と、江戸市中の石樋・木樋による地下配水
水道システムの中での役割
水道施設は、取水・導水・浄水・送水・配水という一連の工程の一部を担います。施設の名称、立地、構造、整備年代を合わせて見ると、地域の水道がどのように築かれたかを理解できます。 この一般的な役割と、上記の調査本文に記載したこの施設固有の歴史・構造を分けてご覧ください。
見学・現地確認について
掲載上の見学情報は「上水施設は撤去済み。神田上水掛樋跡、大洗堰跡、旧水路跡などの関連地点を見学可」です。この施設は現存しない、または解体済みとして記録しています。旧所在地を確認する場合も、私有地や管理区域へ立ち入らず、現地の案内表示に従ってください。
掲載内容はページ末尾の出典・参考資料3件を基に整理しています。資料間で表記が異なる場合は、自治体・管理者の案内を優先してください。
関連タグ
年代・出典の扱いと現役施設を確認するときの注意はアーカイブの読み方・見学ガイドにまとめています。