建設の背景
浦添市港川地区は、1950〜60年代に米軍関係者向け住宅地として整備された地域で、一般住民の居住区域も隣接して拡大していった。昭和38年(1963年)、この地区への安定給水を図るため、琉球政府水道局の設計・施工により本給水塔が建設された。日本本土復帰(1972年)の約10年前にあたり、米国統治下の水道行政基準に基づいて設計されている。
建築的特徴
RC造の円筒形塔体で、この時代の琉球政府水道局標準設計に沿った実用的な構成となっている。外壁は最小限の開口部のみを持つシンプルな形状で、塔頂部の通気口以外に装飾的要素はない。台風による強風荷重を考慮した太めの肉厚設計が特徴的で、沖縄気候に適した堅牢な仕様となっている。
復帰後の変遷
1972年の本土復帰後、日本の水道法・水道施設基準の適用に切り替わる中で、本塔の運用も名護市水道→沖縄県企業局の管理体制へと移行した。1990年代に配水系統の再編が行われた際に現役を退いたが、港川地区の土地利用変更との兼ね合いから解体には至らず、現在も管理区域内に残存している。港川地区は現在「港川外国人住宅街」として再活用されており、本塔周辺の歴史的雰囲気とともに米統治期の面影を伝えている。
現況
管理区域内のため一般公開はされていないが、外周道路からの外観確認は可能。今後の活用方策については検討段階にある。
出典・参考資料
- 1沖縄県企業局『沖縄の水道100年史』(2013年)
- 2浦添市史編集委員会『浦添市史』(2002年)
- 3日本水道協会「近代水道遺産データベース」↗
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