配水塔現存昭和中期

糸満市旧兼城配水塔

戦後住宅地拡張期の給水需要増に対応して建設された配水塔。台風対策補強を受けつつ塔体が残り、外観観察が可能。

竣工1968年
所在地糸満市
構造RC造
見学外観観察可(柵外から)

建設の背景

糸満市は沖縄本島最南端に位置し、沖縄戦(1945年)の激戦地として知られる。戦後の復興は遅れを取ったが、1960年代後半から宅地開発が急速に進み、兼城地区でも人口が増加した。昭和43年(1968年)、この住宅地拡張に対応するため、安定配水を図る配水塔として本施設が建設された。日本復帰(1972年)の4年前にあたり、沖縄県企業局の前身にあたる組織が整備を担った。

建築的特徴

RC造の円筒形塔体で、塔高約13メートル、貯水容量約180立方メートル。外壁には縦方向の補強リブが6本設けられており、台風時の風圧と地震に対応した設計となっている。糸満市の地場建設業者が施工を担当したとされ、本土復帰前の沖縄における建設技術の水準を示す事例でもある。竣工後、1970年代・1980年代の大型台風による被災のたびに外壁補強改修が施されており、補修の痕跡が塔体外面に残されている。

歴史的文脈

糸満市は沖縄戦の痕跡が色濃く残る地域であり、市南部の摩文仁丘陵は今も戦争の記憶を伝える場として多くの人が訪れる。兼城地区はそこから北に数キロの民間集落地帯で、戦後の農地解放と住宅地造成が並行して進んだ地域である。本配水塔はその住民生活を支えたインフラとして、復興と開発の時代を証言している。

現況

現在も沖縄県企業局の管理下に置かれており、施設柵の外側から塔体の観察が可能。老朽化評価が定期的に行われており、今後の保存・解体の方向性については検討段階にある。

出典・参考資料

  1. 1沖縄県企業局『沖縄の水道100年史』(2013年)
  2. 2糸満市史編集委員会『糸満市史』(1997年)
  3. 3日本水道協会「近代水道遺産データベース」

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