建設の背景
沖縄戦(1945年)は沖縄本島の上水道インフラをほぼ全壊させた。戦後、米軍は軍政府の管理下で緊急給水を開始し、1946年には琉球列島米国軍政府(USMGRI)のもとで水道復旧工事が着手された。胡屋地区は旧コザ市(現・沖縄市)の中心地として戦後急速に発展した地域であり、昭和25年(1950年)の本施設建設は、この地区への安定的な送水体制を確立するための重要な一手であった。
建築的特徴
RC造の矩形平面建屋で、戦後初期の資材・技術制約のなかで実用性を最優先した設計となっている。建屋内部には送水ポンプの据付架台と、送水管・排水管の貫通部が現存している。架台はコンクリート基礎にアンカーボルトで固定された構造で、当時使用されたポンプの仕様を推定できる。壁面に残る配管支持金具の痕跡や、換気窓のスチール製格子なども建設当初の要素を伝えている。
米軍統治期から本土復帰まで
施設は1950年代を通じて琉球政府水道局の運営下に置かれた。朝鮮戦争(1950〜53年)に伴う米軍基地の大拡張が沖縄中部でも進み、関連する民間需要の急増が給水設備の増強を迫った。本施設は1960年代半ばに現役を退いたが、建屋の堅牢さから取り壊されずに残った。1972年の本土復帰後は沖縄市の水道資産として継承された。
現況と活用
公開日には市の担当者が立ち会い、内部見学が実施されている。当時の機械配置の痕跡を間近で確認でき、戦後沖縄の水道再建史を体感できる数少ない施設として高く評価されている。見学は事前に沖縄市の窓口に確認することが推奨される。
出典・参考資料
- 1沖縄県企業局『沖縄の水道100年史』(2013年)
- 2沖縄市史編集委員会『沖縄市史 第二巻』(2008年)
- 3米国立公文書館所蔵「USMGRI水道工事記録」(1946〜52年)
- 4日本水道協会「近代水道遺産データベース」↗
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