疏水施設現存

琵琶湖疏水 疏水分線

1887年着工・1890年竣工、蹴上から南禅寺・哲学の道方面へ延びる第1疏水の枝線

琵琶湖疏水の第1疏水から蹴上付近で分かれ、南禅寺水路閣や哲学の道を通る明治期の枝線水路。1887年9月着工、1890年3月竣工。建設当初約8.4kmだったが、所管替え後の京都市上下水道局の区間は約3.3km。かんがい・防火・水力利用から水道原水や景観にも関わってきた。

年代・現況1887年9月着工、1890年3月竣工(南禅寺水路閣単体は1888年完成)
所在地京都市左京区
構造・形式第1琵琶湖疏水から蹴上で分岐する開水路と水路橋等。歴史上の延長と現所管区間は異なる
見学哲学の道など公式に紹介された水路沿いの散…

第1疏水から蹴上で分かれる水路

疏水分線は、琵琶湖の水を京都へ導く第1琵琶湖疏水から蹴上で北へ分かれる枝線です。京都市の疏水史によると、当初は幹線として計画されましたが、計画変更で規模を縮小しました。歴史的な流路は南禅寺・若王子・吉田山東北側・高野・下鴨を経て堀川方面へ向かいました。現在の京都市上下水道局の所管範囲と、この歴史上の全流路を混同しません。[1][9]

1887年着工・1890年竣工、延長の二つの数字

京都市上下水道局は、分線が1887(明治20)年9月に着工し、1890(明治23)年3月に竣工したと記します。建設当初の延長は約8.4kmでしたが、後年に大半を別部局へ所管替えしたため、同局の疏水史に示す現在の延長は約3.3kmです。これは同じ範囲の測量値が食い違ったわけではなく、管理する区間の違いです。散策コース全体の距離や第1疏水本線の長さ、毎秒流量とは区別します。[1][2][3]

水力利用・かんがい・防火を目的に整備

京都市は、沿線での水力利用、かんがい、防火用水の供給を主目的として分線が設けられたと説明しています。第1疏水の整備は明治京都の産業振興と結びつきましたが、第1疏水全体の毎秒8.35m³という歴史的流量を分線単独の設計流量として転記しません。分線固有の現在流量・導水能力は今回確認した公開資料からは不詳です。[1][2]

南禅寺水路閣と哲学の道

分線が寺社の多い東山の山裾を通ることから、京都市は周囲の環境や景観に配慮して南禅寺境内に水路閣を設けました。水路閣単体は1888年完成で、分線の1890年竣工と年が異なります。さらに北側の若王子~銀閣寺道には分線沿いの「哲学の道」があります。水路閣という一つの構造物、分線という路線、散策路の三者を分けて案内します。[1][8][9]

松ケ崎浄水場への歴史的な原水供給

京都市の経営ビジョン関連資料は、分線が農業用水・防火用水等のために建設され、松ケ崎浄水場の完成後は同浄水場へ水道原水を送る役割を主に担ったと説明します。その後、給水能力を増すため別途導水管が布設されたとしています。この記述は歴史的な送水の説明であり、分線の全区間が2026年現在も同じ経路・流量で松ケ崎浄水場に直接送水しているとは断定できません。[5]

所管替えと水辺空間の整備

京都市の疏水年表には1951年12月に分線の鴨川以西を、1961年8月に旧白川通以北を土木局へ移管した記録があります。1970年11月には哲学の道が一部開通し、1972年3月に全線開通しました。移管を水路の全面廃止と扱わず、現在の上下水道局管理区間約3.3kmが当初8.4kmより短い背景として説明します。[1][3][4]

桜並木と水路沿いの維持管理

京都市疏水事務所は水路の維持管理・水利用・流量の調整測定を担います。2012年の公表資料では、哲学の道沿いで桜の根の養生、老木の植え替え、植栽環境の整備、関雪桜の後継苗木の育成などを記録しました。2009年度に洗心橋~銀閣寺橋の約400mを整備し、2012年1月19日に銀閣寺西橋下流左岸に後継苗木3本を植樹したとあります。これらは当時の記録であり、2026年の樹木状態や全区間の工事完了を意味しません。[6][7]

文化財指定の範囲と散策上の注意

南禅寺水路閣は第1疏水関連施設として1996年に国史跡に指定され、文化庁の記録では2025年8月27日に国宝指定されています。これは疏水分線の全延長8.4kmまたは現在所管の3.3kmが一括して国宝指定されたことを意味しません。哲学の道などの散策路は公開されていますが、管理水路内部や閉鎖区域への立入、夜間を含む全線通行を保証しません。見学前には京都市の最新案内を確認してください。[1][7][8][9]

Deep research

京都市上下水道局の疏水史・年表・経営資料を中心に、分線の歴史的流路と現在の所管範囲、松ケ崎浄水場への送水の時期、公開散策路を分けて整理します。南禅寺水路閣の単体諸元や第1疏水全体の流量を分線の能力と混同しません。

最終確認:2026-11-04

施設データを詳しく見る

着工
1887年9月

京都市の分線工事記録

竣工
1890年3月

第1疏水と同時期。工事完了月を示す

当初延長
約8.4km

所管替え前の歴史的な分線の全延長

所管替え後の延長
約3.3km

京都市が2025年公開の疏水史で示す上下水道局の管理範囲

分岐点
蹴上付近

第1疏水から北へ分岐

南禅寺水路閣
1888年完成

分線に設けられた個別の水路橋。分線全体の完成とは異なる

鴨川以西の移管
1951年12月

京都市の疏水年表

旧白川通以北の移管
1961年8月

京都市の疏水年表

哲学の道 全線開通
1972年3月

散策路の整備時期。疏水自体の開通ではない

分線独自の現行流量
公式公開資料では確認できない

第1疏水本線の設計流量を代用しない

琵琶湖から分線を通る水の道筋

  1. 1

    琵琶湖から第1疏水へ

    琵琶湖側から取水した水が第1疏水本線を通り京都方面へ向かう。分線自体が湖岸の取水施設ではない。

  2. 2

    大津・山科を経て蹴上へ

    第1疏水が山科区間を通過し、蹴上付近まで届く。山科疏水はこの上流側の区間の通称。

  3. 3

    蹴上で分線へ分岐

    第1疏水本線から分かれ、東山の山麓沿いを北上する。

  4. 4

    南禅寺水路閣を渡る

    分線の水を1888年完成の煉瓦造水路橋で境内の上へ通す。橋そのものでは浄水処理しない。

  5. 5

    若王子・哲学の道沿いへ

    分線は若王子・吉田山の東北側へ延びる。沿道には散策路・桜並木がある。

  6. 6

    歴史上は高野・下鴨・堀川方面へ

    建設当初の延長8.4kmには現在の別部局所管区間も含まれる。現在の3.3kmを歴史的な全区間とみなさない。

疏水分線の建設・移管・保存の年表

  1. 分線の工事着手

    第1疏水の工事と並行して枝線に着手。

  2. 南禅寺水路閣が完成

    分線上の個別構造物の完成で、分線全体の竣工ではない。

  3. 疏水分線が竣工

    京都市の疏水史は当時延長約8.4kmとする。

  4. 松ケ崎浄水場が完成

    疏水年表に記録。後に分線が水道原水を送る役割を担った。

  5. 鴨川以西を移管

    疏水分線の一部が京都市土木局の所管に移る。

  6. 旧白川通以北を移管

    管理範囲の短縮を示す京都市の年表記録。

  7. 哲学の道が一部開通

    水路ではなく沿線の散策路に関する整備。

  8. 哲学の道が全線開通

    京都市の疏水年表で確認。

  9. 桜並木保全の検討委員会発足

    京都市の2012年保全記録による。

  10. 関雪桜の後継苗木を植樹

    1月19日に銀閣寺西橋下流左岸へ3本。

  11. 南禅寺水路閣が国宝指定

    8月27日。分線全長が国宝指定されたわけではない。

見学・アクセス情報

京都市が案内する哲学の道などの散策路を利用できますが、線状施設には一つの入口や全区間共通の公開時間があるわけではありません。

所在地
京都市左京区蹴上・南禅寺・若王子・北白川方面
散策路
哲学の道など京都市が紹介する一般通行部
水路内部
管理用水路であり一般自由立入の確認なし
管理窓口
京都市上下水道局水道部疏水事務所
利用前の確認
工事・保全規制や散策路の最新案内を確認

見学目的でも門・柵・管理区域を越えず、管理者が案内する公開条件と指定経路に従ってください。

水道原水と水質データの扱い

京都市は松ケ崎浄水場へ原水を送った歴史を説明していますが、分線自体は浄水処理施設ではありません。現在の市営水道の水質検査結果を分線の独立した水質値として掲載せず、分線固有の取水量・流量も確認できない範囲では不詳とします。[5]

よくある質問

疏水分線とは何ですか?

第1琵琶湖疏水から蹴上で分岐し、南禅寺や哲学の道方面へ延びる明治期の枝線水路です。

いつ完成しましたか?

京都市の疏水史では1887年9月着工、1890年3月竣工です。水路閣単体の完成は1888年です。

長さは8.4kmと3.3kmのどちらですか?

両方とも京都市の記録です。約8.4kmは建設当初、約3.3kmは所管替え後の上下水道局の区間を表します。

分線の水はどこから来ますか?

琵琶湖から第1疏水を通って大津・山科を経た水が蹴上付近で分かれます。

何のために造られましたか?

水力利用、かんがい、防火用水などの供給を目的として整備されました。

松ケ崎浄水場へ水を送っていますか?

京都市資料は浄水場完成後に主な原水供給を担ったと説明しますが、現在の正確な導水経路・分線固有流量は今回の資料だけでは断定できません。

南禅寺水路閣と同じ施設ですか?

いいえ。水路閣は分線を南禅寺境内に通す一つの水路橋で、分線はその前後を含む水路です。

疏水分線全体が国宝ですか?

いいえ。南禅寺水路閣は2025年8月27日に国宝指定されていますが、分線の全長が一括指定されたわけではありません。

哲学の道を歩けますか?

京都市は散策路として紹介しています。ただし工事や樹木保全で一部の立入が制限される場合があります。

水路の中に入れますか?

一般自由立入の公式案内は確認できません。公開された歩道から見学し、管理区域への立入は避けてください。

琵琶湖疏水 疏水分線を理解するための要点

本ページでは、琵琶湖疏水 疏水分線を京都府・京都市左京区の疏水施設として記録しています。以下は掲載資料から確認できる基本情報です。

記録上の所在地
京都府京都市左京区蹴上~北白川付近(現所管区間を中心とする線状施設。単一番地なし)
施設種別
疏水施設
年代・供用状況
1887年9月着工、1890年3月竣工(南禅寺水路閣単体は1888年完成)
構造・形式
第1琵琶湖疏水から蹴上で分岐する開水路と水路橋等。歴史上の延長と現所管区間は異なる
能力・規模
建設当初の延長約8.4km/所管替え後約3.3km(京都市2025年公開の疏水史)。通水能力ではない

施設の機能と地域での役割

水路・隧道・水路橋などは、水を運ぶ経路や関連設備です。用途は施設によって異なるため、上水道だけに限定せず、送水先や地域での役割を本文で確認してください。 この一般的な役割と、上記の調査本文に記載したこの施設固有の歴史・構造を分けてご覧ください。

見学・現地確認について

掲載上の見学情報は「哲学の道など公式に紹介された水路沿いの散策路を利用できる。水路内部・管理施設への自由立入や全区間の通行は保証されない」です。現況や公開条件は変更されることがあります。訪問前に管理者や自治体の最新案内を確認し、施設の管理区域や私有地には立ち入らないでください。

掲載内容はページ末尾の出典・参考資料9件を基に整理しています。資料間で表記が異なる場合は、自治体・管理者の案内を優先してください。

所在地マップ

京都府京都市左京区蹴上~北白川付近(現所管区間を中心とする線状施設。単一番地なし)

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地図は公開住所をもとに検索表示しています。施設の管理区域には立ち入らないでください。

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関連タグ

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年代・出典の扱いと現役施設を確認するときの注意はアーカイブの読み方・見学ガイドにまとめています。