常願寺川左岸の取水口を12か所から1か所へ
常西合口用水は、富山県富山市の常願寺川左岸を流れる農業用水路です。以前は左岸の12用水が川沿いの別々の取水口から水を引いていました。常願寺川は急流で、多くの取水口が堤防の弱点となり、洪水や土砂流入によって取水口・堤防が繰り返し被害を受けていました。「合口(ごうぐち)化」はそれらを統合し、上流の共通取水地点から幹線を経て各用水に分ける方法です。治水と農業用水の確保を同時に改善する全国初の大規模な試みとして紹介されています。[1][2][8]
1858年・1891年の洪水とデ・レーケの提案
1858年の飛越地震で常願寺川上流の山体が崩れ、土石流と洪水で沿岸に大きな被害が生じました。1891年の豪雨被害後、県の依頼によりオランダ人の内務省技師ヨハネス・デ・レーケが来県し、同年に取水口の統合や霞堤の整備などを提案しました。デ・レーケは合口化の計画と指導に関わりましたが、建設作業のすべてを自ら行ったという意味ではありません。[2][3][6]
1892年着工・1893年完成、ただし月の記録が異なる
常願寺川沿岸用水土地改良区連合と富山県は1892年2月の開削着工で一致します。県の2020年世界かんがい施設遺産登録資料の年表では1893年4月「完成、全面通水」、土地改良区連合の年表では1893年6月「完成」と記載します。別の公的資料も6月の一応の完成に言及しています。4月が全面通水で6月が竣工確認などの違いかどうかを裏付ける資料は確認できないため、月差を残したまま1893年完成とします。[2][3]
富山市上滝から新庄へ約12km、旧12用水に分配
富山県によれば水路は富山市上滝から新庄地内まで延長約12kmです。旧12用水の共通取水と幹線導水により、常願寺川左岸の耕作地へ水を分ける系統が形成されました。1892年の着工後、同年10月には旧第1・第2隧道と上滝砂溜池を完成させたと県年表が記録しています。水路全線の延長と旧用水12本の延長を合算した数値ではありません。[1][2]
1894年の取水改良と1900年「新庄の赤門」
完成後も常願寺川の流砂による取水口の埋没が課題となり、1894年には鷹泊の統合取水口を含む新第1隧道が完成したと富山県は記録します。下流には1900年12月、土砂排除のため煉瓦で築いた新庄排砂水門が完成しました。「新庄の赤門」と呼ばれるのはこの排砂水門であり、現在の横江頭首工とは別の施設です。国土交通省は1892年築造の上滝砂溜排砂水門も記録しています。[2][9]
1952年に常西・常東の取水口をさらに統合
常西用水の1893年完成は左岸12用水の合口化です。戦後の国営常願寺川農業水利事業では左右両岸の水利を再編し、1952年に横江頭首工から常西・常東用水へ共通取水する仕組みが実現しました。土地改良区連合は右岸側の下流部である常東合口用水路の完成を1956年と別に記録しています。1893年の左岸合口化と1952年の左右岸一体合口化、1956年の右岸下流整備は別々の節目です。[3][6]
現在の水の流れ:横江頭首工・分水工・豊水橋
管理者の施設案内では、常願寺川の横江頭首工で取った農業用水を、頭首工の下流約3kmにある両岸分水工で左右岸の常西・常東へ分けます。分水工は左右同じ堰幅による5対5の分水を採用。左岸へは常願寺川を横断する左岸連絡水路橋「豊水橋」で送水します。2008年に整備された現用水路橋は、旧橋の景観を受け継ぐダブルデッキ式3連コンクリートアーチです。明治の統合取水口から現在まで一度も取水地点が変わらなかったという説明は正しくありません。[4][6]
横江頭首工の取水能力は常西合口用水単独の能力ではない
常願寺川沿岸用水土地改良区連合の現行施設案内には、横江頭首工の堤長144.3m、堤高14.1m、取水量18.89m³/秒、関連発電所停止時46.53m³/秒と記載されています。しかし頭首工は左右岸に水を配る共通施設であり、発電所の運転条件でも取水量が変わります。この数値を約12kmの常西幹線だけの設計流量として表示しません。[4]
約3,300haと約3,000ha、歴史的な約5,000haを分ける
富山県の世界かんがい施設遺産登録概要は農地約3,300ha、県の名水案内はかんがい面積約3,000haと記載しています。県のICID資料には明治の大規模合口化当時のかんがい面積として約5,000haとの記載もあります。これらは資料の時点・対象範囲が一致することを確認できず、2026年の確定現況値や同一時点の増減として扱いません。県の古い名水冊子にはさらに6,000haという記録もあり、定義が明確でないため単一の数値に統合しません。[1][2][7]
上水道・工業用水・水力発電にも用水を活用
富山県の紹介では農地へのかんがいだけでなく、上水道・工業用水・水力発電にも水が利用されます。県の年表には常西用水土地改良区と富山市が1962年に上水道、1969年に工業用水について契約した記録があります。2012年3月には富山市が常西公園と東町・東新町公民館の小水力発電施設を運転開始しました。2020年7月の常西幹線発電所完成も県年表に記載されます。浄水処理・給水能力が常西用水自体に備わるという意味ではありません。[2][11]
佐々堤と常西用水プロムナード
常西用水の水路底には、古い河川堤防「佐々堤」の一部が見られる地点があります。国交省は佐々堤が水路底の床固めの役割も果たすと紹介します。1984年から水辺の景観整備が進み、1992年には散策空間「常西用水プロムナード」や小公園が完成。県は桜並木、石積護岸、近くの殿様林などを紹介しています。ただし佐々堤の水路内へ無断で立ち入れることを意味しません。[2][7][9][10]
2006年疏水百選・2020年世界かんがい施設遺産
農林水産省の「疏水百選」には2006年2月に選定されました。2020年12月8日には国際かんがい排水委員会(ICID)の世界かんがい施設遺産に登録されました。ICIDによる歴史的かんがい施設の登録制度で、ユネスコ世界遺産とは別です。富山県の「とやまの名水」選定1986年2月も、疏水百選やICID登録とは異なる制度です。[1][2][7][8]
見学は遊歩道と横江頭首工の事前連絡制を分けて案内
常西用水プロムナードは県が歩行者用の散策路として紹介し、富山地方鉄道上滝線の上滝駅または大川寺駅から佐々堤付近まで徒歩約15分を目安としています。横江頭首工の管理事務所では資料展示と施設案内があり、原則として休日を除く月~金曜9~17時、15人程度の団体は事前申込みが必要です。ただし職員の管理業務により案内できない場合があり、操作施設や用水路内部の自由開放とは異なります。[5][7][10]
Deep research
富山県のICID登録資料・年表、農水省、富山市、国交省、常願寺川沿岸用水土地改良区連合の一次資料を照合した。左岸12用水の1893年合口化と1952年左右岸一体合口化を区別し、2020年ICID登録・現在の横江頭首工と分水工・豊水橋を整理した。1893年の完成月4月/6月、受益面積約3,300ha/3,000ha等の差は出典別に併記した。
最終確認:2026-11-05
施設データを詳しく見る
- 左岸合口化の完成年
- 1893年
- 工事着手
- 1892年2月
- 統合した旧取水口
- 左岸12用水
- 常西合口用水の延長
- 約12km
- 受益面積(県ICID資料)
- 約3,300ha
- 歴史的なかんがい面積
- 当時約5,000ha
- 左右岸共通取水
- 1952年・横江頭首工
- 現用頭首工の取水量
- 18.89m³/秒
- 疏水百選
- 2006年2月
- 世界かんがい施設遺産
- 2020年12月8日
富山県は4月全面通水、土地改良区連合は6月完成。月の関係は未解明
県・土地改良区連合の記録が一致
それぞれの取水口を上流の共同取水口へ統合
富山県の富山市上滝~新庄の説明。左右岸水路総延長ではない
同じ県の名水案内は約3,000ha。年次・範囲の一致未確認
富山県ICID概要の合口化当時。現況の受益面積ではない
当初の左岸12用水合口化とは別事業
土地改良区連合の共通施設値。発電所停止時46.53m³/秒で常西単独値ではない
農林水産省の選定。とやまの名水・ICID登録とは別
国際かんがい排水委員会(ICID)登録。ユネスコ世界遺産ではない
現在の水の流れ:横江頭首工から左岸の耕地へ
- 1
常願寺川から横江頭首工で取水
1952年に左右岸共通取水が完成した頭首工で農業用水を取り入れる。
- 2
共通取水路を流下
常願寺川の流水を、両岸の水利系統へ分ける地点まで導く。
- 3
約3km下流の両岸分水工
分水工では同じ堰幅によって5対5で左岸・右岸に配分する仕組みを採る。
- 4
左岸連絡水路橋・豊水橋を渡る
常願寺川を横断し、ダブルデッキ式三連コンクリートアーチの水路橋で常西用水側へ運ぶ。
- 5
常西合口用水の幹線へ
常願寺川左岸に沿う約12kmの幹線の水利系統へ水を流す。
- 6
沿線の用水・農地へ分配
もとは12用水が個別取水していた左岸の農地へかんがい水を届ける。
- 7
発電・他用途にも活用
上水道・工業用水の契約や水力発電にも利用される。ただし用途別の現在の取水配分量は不詳。
常西合口用水の年表:洪水対策と取水施設の更新
飛越地震と常願寺川の大規模土石流
上流の崩壊が河川に大量の土砂を供給し、洪水被害が深刻化。
常願寺川の大洪水・デ・レーケの現地調査
7月の豪雨洪水後、8月にオランダ人技師が来県し取水口統合を提唱。
左岸12用水の合口化工事に着手
取水口の統合、隧道・沈砂施設・幹線の開削を開始。
旧第1・第2隧道、上滝砂溜池が完成
富山県の年表による。
完成月の公式記録に差
富山県は4月完成・全面通水、土地改良区連合は6月完成。理由未確認。
新第1隧道・鷹泊統合取水口が完成
洪水時の土砂問題に対応して取水設備を改良。
新庄排砂水門「新庄の赤門」完成
赤煉瓦造りの土砂排除施設。
左右岸一体の合口化事業
1942年に着工、1947年国営継承、1952年に横江頭首工による両岸共通取水が完成。
右岸下流の常東合口用水路が完成
左岸の1893年完成、頭首工の1952年完成とは異なる工程。
上水道・工業用水の契約
常西用水土地改良区と富山市との契約年。現在の配水量は不詳。
水辺空間整備と常西プロムナード完成
石積護岸・植樹・小公園等の整備。1992年3月にプロムナード完成。
疏水百選に選定
農林水産省の水利・景観分野の選定。
現用の左岸連絡水路橋を整備
土地改良区連合がダブルデッキ式の三連アーチ水路橋を紹介。横江頭首工の国営更新事業にも関連。
常西公園・東町の小水力発電2施設が運転開始
富山市次世代エネルギーパーク資料による。
常西幹線発電所が完成
富山県ICID年表に記載。
世界かんがい施設遺産へ登録
ICID第71回国際執行理事会で登録。
見学・アクセス情報
常西合口用水の水路沿いには公開された常西用水プロムナードがあり、散策できます。一方、取水・分水設備と管理事務所の施設案内は別の管理条件があるため、公開遊歩道と業務区域を分けて案内します。
- 沿線
- 富山県富山市上滝~新庄地内の常願寺川左岸。幹線延長約12km
- 常西用水プロムナード
- 常願寺川左岸の散策路。石積護岸と桜並木があり、4月ごろが桜の見頃
- 佐々堤付近
- 富山地方鉄道上滝線の上滝駅または大川寺駅から徒歩約15分(富山県の案内)
- 新庄の赤門
- 下流にある1900年完成の新庄排砂水門。公開・立入条件は現地管理者へ確認
- 横江頭首工
- 現用の左右岸共通取水施設。管理事務所で資料展示・施設案内を実施
- 横江頭首工見学時間
- 原則として平日9:00~17:00(休日を除く)。管理業務により案内できないことがある
- 団体見学
- 15名程度のまとまった人数は事前申込み。管理事務所への連絡と案内の可否確認が必要
- 見学連絡先
- 常願寺川沿岸用水土地改良区連合 横江頭首工管理事務所、電話076-483-1510
- 通水路・水門操作施設
- 一般開放の対象ではない場所がある。遊歩道からの観察と内部への立入を区別する
見学目的でも門・柵・管理区域を越えず、管理者が案内する公開条件と指定経路に従ってください。
用水の多用途利用と指標の読み分け
常西合口用水は農業用水として造られ、上水道・工業用水・水力発電にも利用される水利系統です。ただし富山市の飲用水の浄水・消毒方法や水道水質の最新検査値を、この水路の直接の水質値として帰属させることはできません。2020年の富山県ICID資料は約3,300ha、県名水案内は約3,000ha、明治の合口化当時は約5,000haと記録します。県の古い名水冊子は6,000haと別記するため、現況を単一の確定値にしません。現用横江頭首工の取水量18.89m³/秒・発電所停止時46.53m³/秒は左右岸共通施設の運転条件付き数値であり、常西幹線12km単独の設計流量ではありません。[1][2][4][7]
よくある質問
常西合口用水は何と読みますか?
「じょうさいごうぐちようすい」です。富山市で常願寺川左岸に沿って農業用水を運ぶ水路です。
「合口」とは何ですか?
別々の用水路の取水口をまとめ、共通の取水地点から幹線水路を通して分水する仕組みです。
何本の用水をまとめましたか?
1893年の左岸の合口化では、常願寺川左岸にあった12の用水の取水口を統合しました。
常西合口用水はいつ完成しましたか?
1892年2月着工、1893年完成です。県資料は同年4月全面通水、土地改良区連合は6月完成と記し、月差の理由は未解明です。
水は現在どこから取っていますか?
常願寺川の横江頭首工で左右岸共通取水し、両岸分水工と左岸連絡水路橋を経由して常西用水へ水を送ります。
水路はどこまで続いて何kmありますか?
富山市上滝から新庄地内までの約12kmと富山県が案内しています。
1952年の完成とは何が違うのですか?
1893年は左岸12用水の合口化です。1952年は横江頭首工による左右岸一体の取水口統合が完成した年です。
何haの農地に水を供給していますか?
富山県のICID資料は約3,300ha、県の名水紹介は約3,000ha、歴史的な合口化当時は約5,000haと記載しています。2026年の統一した確定値は確認できません。
世界遺産になっていますか?
2020年12月8日に国際かんがい排水委員会(ICID)の世界かんがい施設遺産に登録されました。ユネスコ世界遺産ではありません。
自由に見学できますか?
常西用水プロムナードの公開歩道から見学できます。横江頭首工では原則平日9~17時に職員が施設を案内し、15人程度の団体は事前申込みが必要です。
常西合口用水を理解するための要点
本ページでは、常西合口用水を富山県・富山市の疏水施設として記録しています。以下は掲載資料から確認できる基本情報です。
- 記録上の所在地
- 富山県富山市上滝~新庄地内の常願寺川左岸に沿う線状水路(現行の両岸共通取水は横江頭首工)
- 施設種別
- 疏水施設
- 年代・供用状況
- 1892年2月着工、1893年完成。富山県年表は4月全面通水、土地改良区連合は6月完成と記載し月差は未解明
- 構造・形式
- 常願寺川左岸の12用水の取水口を統合した幹線農業用水路。1892年着工時に隧道・沈砂施設等を整備、1952年以降は横江頭首工で左右岸共通取水し両岸分水工・左岸連絡水路橋から常西側へ送水
- 能力・規模
- 幹線延長約12km(富山県)。受益面積は県ICID概要約3,300ha/県名水案内約3,000ha/歴史的な合口化当時約5,000haで時点差あり。横江頭首工の取水量18.89m³/秒(発電所停止時46.53m³/秒)は共通施設の能力で、常西用水単体の能力ではない
- 文化財等
- 2020年12月8日にICID世界かんがい施設遺産登録。2006年2月に農林水産省「疏水百選」選定。富山県「とやまの名水」選定1986年2月
施設の機能と地域での役割
水路・隧道・水路橋などは、水を運ぶ経路や関連設備です。用途は施設によって異なるため、上水道だけに限定せず、送水先や地域での役割を本文で確認してください。 この一般的な役割と、上記の調査本文に記載したこの施設固有の歴史・構造を分けてご覧ください。
見学・現地確認について
掲載上の見学情報は「常西用水プロムナードなど遊歩道から見られる区間がある。横江頭首工の施設案内は原則平日9~17時、団体約15人は事前申込み。農業水路・操作設備の自由立入は確認できない」です。現況や公開条件は変更されることがあります。訪問前に管理者や自治体の最新案内を確認し、施設の管理区域や私有地には立ち入らないでください。
掲載内容はページ末尾の出典・参考資料11件を基に整理しています。資料間で表記が異なる場合は、自治体・管理者の案内を優先してください。
所在地マップ
富山県富山市上滝~新庄地内の常願寺川左岸に沿う線状水路(現行の両岸共通取水は横江頭首工)
地図を読み込むとGoogle マップへ通信します。
地図は公開住所をもとに検索表示しています。施設の管理区域には立ち入らないでください。
地図検索:公開住所による地図検索 ↗関連タグ
出典・参考資料
- 1富山県「世界かんがい施設遺産の紹介」(所有者・1893年・12km・約3,300ha・2020年登録)↗本文に戻る ↑
- 2富山県「令和2年世界かんがい施設遺産登録 常西合口用水の概要・歴史年表」PDF(歴史・流路・月別竣工記録)↗本文に戻る ↑
- 3常願寺川沿岸用水土地改良区連合「用水の歴史」(1893年6月完成・1952年合口化)↗本文に戻る ↑
- 4常願寺川沿岸用水土地改良区連合「施設の紹介」(現用の横江頭首工・両岸分水工・左岸連絡水路橋)↗本文に戻る ↑
- 5常願寺川沿岸用水土地改良区連合「施設の見学」(横江頭首工の事前申込み・見学条件)↗本文に戻る ↑
- 6農林水産省「内務省技術顧問 ヨハネス・デ・レーケ」(1891年洪水・1952年横江頭首工・改修)↗本文に戻る ↑
- 7富山県「とやま名水ナビ:常西合口用水」(農業用水・疏水百選・歩行者区間)↗本文に戻る ↑
- 8富山市「常西合口用水が世界かんがい施設遺産に登録」(合口化の目的)↗本文に戻る ↑
- 9国土交通省「河川伝統技術データベース」(佐々堤・上滝砂溜排砂水門)↗本文に戻る ↑
- 10富山県「常西用水プロムナードの桜並木」(散策・佐々堤・殿様林)↗本文に戻る ↑
- 11富山市「次世代エネルギーパーク各施設紹介」(2012年運転開始の小水力発電2施設)↗本文に戻る ↑
年代・出典の扱いと現役施設を確認するときの注意はアーカイブの読み方・見学ガイドにまとめています。