建設の背景
武雄市は佐賀県西部の温泉都市で、武雄温泉を中心とした観光・宿泊施設の集積が明治以来進んでいた。1944年(昭和19年)の建設は、太平洋戦争末期の戦時体制下にあたり、軍事工場・疎開工場への労働者の流入と温泉旅館の転用施設化に対応した生活用水確保が喫緊の課題であった。武雄町水道組合が送水ポンプ室を整備し、温泉地区を含む広域への安定送水体制を構築した。戦時期の資材制約を反映した実用本位の設計となっている。
建築的特徴
RC造の矩形平面建屋で、戦時期の資材節約設計を反映したシンプルな外観構成である。建屋内部には送水ポンプの据付架台と配管貫通部が現存しており、架台のアンカーボルト孔から当時のポンプ規格を推定できる。壁面の採光窓は最小限の開口部に抑えられており、戦時期の防空・遮光対策が設計に織り込まれていた可能性がある。
戦中・戦後から温泉都市の水道へ
終戦後、武雄の温泉旅館は復興とともに観光施設としての本来機能を取り戻し、観光客数の増加に伴う水需要の拡大が続いた。本ポンプ室は戦時期の建設にもかかわらず戦後も運用継続され、観光・生活水道の双方に貢献した。武雄市の水道行政において、この施設が担った役割は戦中・戦後を通じて一貫しており、武雄の近代水道史の連続性を示す遺構として評価されている。
現況
現在も建屋が現存しており、公開日に管理者の立会いで見学が実施されている。据付架台・配管痕跡が良好に残っており、戦時期の水道設備の実態を体感できる施設として注目されている。
出典・参考資料
- 1武雄市史編集委員会『武雄市史』(2001年)
- 2佐賀県『佐賀県水道史』(1995年)
- 3日本水道協会「近代水道遺産データベース」↗
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