建設の背景
伊万里市は佐賀県西部の伊万里湾に面した都市で、有田焼の積出港として栄えた歴史を持つ。戦後、伊万里湾沿岸の埋立地開発が進み、立花地区に住宅地と小規模工場が立地するようになった。1960年(昭和35年)、この宅地造成に対応した配水安定化設備として、伊万里市水道課が鋼製高架水槽を建設した。昭和30年代に全国で普及した鋼製高架水槽の標準仕様を採用した施設であった。
建築的特徴
鋼製の円筒タンクを鋼製架台で支持する高架水槽形式で、昭和30年代の標準的な仕様に準じた構成であった。伊万里湾沿岸の塩分飛来環境を考慮した防錆塗装仕様が採用されており、定期的な塗装更新が管理記録に残されていた。架台はボルト接合工法で、解体時の解体容易性を考慮した設計であったとされる。
老朽化と解体
2000年代の耐震診断で架台溶接部・ボルト接合部の経年劣化が指摘され、配水系統の再編計画と合わせて廃止が決定した。2015年(平成27年)に本体・架台ともに撤去解体された。解体前に伊万里市史編さん室が実測調査・写真記録を実施しており、調査報告書は市史資料として保管されている。解体に先立つ住民からの記念撮影写真も地域資料として収集された。
記録の意義
伊万里市の昭和期宅地開発と水道拡充の一体的な展開を示す物証として記録の保存が重要である。有田焼の産地に近接する伊万里の近代化を示す資料群の一部として、今後の地域近代史研究に活用されることが期待される。
出典・参考資料
- 1伊万里市史編集委員会『伊万里市史』(2003年)
- 2佐賀県『佐賀県水道史』(1995年)
- 3日本水道協会「近代水道遺産データベース」↗
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