建設の背景
佐世保市は旧海軍の鎮守府が置かれた軍港都市として明治以来発展し、海軍施設・関連工場の拡大とともに人口が急増した。1940年(昭和15年)、三川内地区の拡張に伴い給水塔が建設された。軍都期の水道施設は通常の民需施設とは異なる施設基準・施工体制のもとで整備されており、海軍施設本部または佐世保鎮守府工廠が設計・施工に関与したとされている。
建築的特徴
RC造の円筒形塔体で、軍都期の施工らしい堅牢な肉厚設計が特徴的である。一般の市営水道施設に比べて装飾的要素を抑えた実用本位の外観で、竣工当時の軍用施設の設計思想を反映している。外壁には補修用モルタルが後年に施されているが、塔体の基本形状は建設当時を維持している。給水塔上部の通気部と保守用ハッチの位置は昭和前期の標準仕様に準拠している。
終戦後の転用と現在
1945年の終戦後、旧海軍施設は接収・転用が行われ、佐世保市の民需水道設備としての運用が引き継がれた。高度成長期に市の配水系統が拡充されるに伴い、本塔は補助的・予備的な設備として位置づけられ、最終的に使用停止となった後も建屋は撤去されず現状維持となっている。戦前期の軍都インフラを伝える産業遺産として注目されており、近年は佐世保市の近代史を紹介する文脈でも取り上げられている。
現況
現在も塔体が現存し、外周道路からの観察が可能。老朽化に伴う安全点検が定期的に行われており、今後の保存・活用方針について検討が進められている。
出典・参考資料
- 1佐世保市水道局『佐世保市水道史』(1985年)
- 2長崎県『長崎県水道史』(1997年)
- 3日本水道協会「近代水道遺産データベース」↗
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