建設の背景
平戸市は長崎県北西部の平戸島を中心とする歴史的港湾都市で、戦国期から江戸初期にかけてオランダ・ポルトガルとの交易拠点として栄えた。平戸島は九州本土から平戸大橋(1977年開通)で繋がれる前は、フェリーによるアクセスが主体であった。昭和44年(1969年)、市内北部の住宅地拡大に対応するため、平戸市水道課が高架水槽を建設した。高度成長期の離島近辺都市における標準的な水道拡充投資の一例である。
建築的特徴
鋼製の円筒タンクを鋼製架台で支持する高架水槽形式で、昭和40年代に全国で普及した標準仕様に準じた構成である。平戸島の海岸線に近い立地のため、塩分飛来による腐食対策が設計上の主要課題となっており、防錆塗装の選定・更新サイクルが通常より短く設定されていた記録がある。設置位置は周辺の丘陵地に対して視覚的に目立つ場所にあり、平戸の海岸景観の一要素として長年認識されてきた。
老朽化と現状
1990〜2000年代にかけて架台・タンク本体の腐食進行が報告されたが、平戸市の財政的制約と配水系統再編計画の未確定により、更新・解体ともに判断が先送りされてきた。現在も建物は現存しているが、使用は停止されており、外周からの外観確認のみ可能な状態にある。今後の方針については平戸市水道部が検討中とされている。
歴史的港湾都市における水道
平戸は近世以来の歴史的景観が残る都市であり、水道施設のあり方も観光資源・まちなみとの調和が意識されてきた。本高架水槽はその点で市の景観計画との関係が課題となっており、今後の活用・撤去の検討においても景観評価が加味される可能性がある。
出典・参考資料
- 1平戸市史編集委員会『平戸市史』(2006年)
- 2長崎県『長崎県水道史』(1997年)
- 3日本水道協会「近代水道遺産データベース」↗
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