配水塔文化財指定登録有形文化財昭和前期

長崎市旧浦上配水塔

斜面市街地への安定給水を目的に建設された配水塔。被爆都市の復旧過程で改修されつつ残され、近代水道史資料として保存されている。

竣工1927年
所在地長崎市
構造RC造
見学外観観察可・解説板設置

建設の背景

長崎市は急峻な斜面地に市街地が広がる地形的特殊性から、近代水道の整備において高低差への対応が最重要課題であった。浦上地区は長崎市の北部に位置し、大正末期から昭和初期にかけて人口が増加した。1927年(昭和2年)、浦上川沿いの浄水場から丘陵地の浦上地区への安定的な配水圧を確保するため、長崎市水道課が本配水塔を建設した。斜面市街地特有の高低差を塔高で補う重力配水方式が採用されている。

建築的特徴

RC造の円筒形塔体で、塔高約11メートル。昭和初期の長崎市の水道施設としては比較的大規模な配水容量を持つ施設として設計された。外壁は竣工当初から意匠的に整えられており、塔体上部には帯状の装飾的モール部分が設けられている。窓部のアーチ型開口が対称的に配置され、同時期の九州各地の配水塔設計と一致する様式的特徴を示している。

原爆被爆と戦後の存続

1945年8月9日の長崎への原爆投下は、浦上地区に壊滅的な被害をもたらした。浦上天主堂をはじめとする多くの構造物が損壊・倒壊した中、本配水塔は塔体の基本構造を維持して被爆を乗り越えた。戦後の復興過程では水道設備の早期復旧が急務とされ、塔体を修繕しながら配水機能が継続された。この被爆・存続の経緯が、後に文化財指定の重要な根拠のひとつとなった。

現況と文化財指定

現在は登録有形文化財として指定されており、外観が保存・公開されている。解説板には建設の経緯と被爆時の状況が記されており、長崎の水道史と原爆遺産の両側面から訪問者に情報を提供している。長崎市の近代水道100年の歴史を体現する施設として、市民・観光客・研究者に広く知られている。

出典・参考資料

  1. 1長崎市水道局『長崎市水道100年史』(1991年)
  2. 2長崎県『長崎県水道史』(1997年)
  3. 3長崎市教育委員会「登録有形文化財調査報告」(2002年)
  4. 4日本水道協会「近代水道遺産データベース」

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