疏水施設現存2024年9月3日、ICID世界かんがい施設遺産に登録。ため池群は2010年に農林水産省「ため池百選」に選定(疏水路全体の単独指定とは別)

西光寺野疏水路

1915年全線完成。岡部川から市川・平田川間の台地へ水を導く約8.8kmの農業用水とため池群

西光寺野疏水路(さいこうじのそすいろ)は、兵庫県市川町の岡部川から取水し、福崎町・姫路市北部の西光寺野台地に農業用水を導く疏水路。1912年に工事を始め、1915年10月21日に全線が完成した。隧道・水路橋・サイフォンとため池を組み合わせ、非かんがい期の貯水を耕作期に使う。土地改良区の示す延長は約8.8kmで、2024年に世界かんがい施設遺産に登録された。

年代・現況1908年調査開始、1912年着工、1915年10月21日全線完成。福崎町の地区別文化財資料には1914年完成の別記録あり
所在地姫路市・市川町・福崎町
構造・形式岡部川からの農業導水路とため池群。土地改良区は延長約8.8km・隧道8か所・水路橋5か所・サイフォン4か所、農水省は約5.5kmの岡部川疏水路区間に同施設数を記載
見学土地改良区がため池・疏水路のウォーキング…

市川と平田川より高い西光寺野台地を潤す

西光寺野疏水路は、兵庫県の姫路市船津町・山田町・豊富町と福崎町田原・八千種地区に広がる西光寺野台地の農業用水路です。台地は市川と支流の平田川に挟まれ、両河川の河床が台地より低いため、そのままでは自然流下で十分な水を引きにくい立地でした。上流の岡部川に取水口を設け、土地の高低差を使って水を導く仕組みです。水道水の浄水・配水施設ではありません。[1][3]

1908年の調査から1915年10月の全線完成まで

1908年、神崎郡長の前川萬吉が台地の開墾・用水計画を進め、約3年をかけて調査しました。1912年には後任の郡長・森田久忠のもとで工事に着手。14本の幹線水路・引水路と5か所のため池新設・増築を含む事業が進み、西光寺野土地改良区は1915年10月21日の全線完成を記録しています。原野の開墾と農業用水の整備が並行して進んだ事業でした。[1][3]

1914年と1915年の「完成年」を区別する

福崎町の「西光寺地区 歴史文化遺産一覧」には「西光寺野用水(岡部川疏水路)」の完成年が1914年と記載されています。一方、土地改良区の全線竣工日は1915年10月21日で、農林水産省の世界かんがい施設遺産の解説も事業の完成を1915年とします。1914年が先行区間の竣工を指すかなど、両者の対象範囲の正確な対応は確認できません。資料別の記録として併記し、どちらかを誤記と断定しません。[1][3][5]

瓜生田取水口:岡部川から水を導く起点

取水地点は市川町下瀬加字瓜生田壱にある「瓜生田取水口」です。市川水系の岡部川から主に非かんがい期に取水し、台地のため池へ水を蓄えます。土地改良区は、非かんがい期の河川水を貯留し、かんがい期間にため池から利用する運用を特徴としています。市川・平田川そのものから台地へ直接自然流下させる取水方式と混同しないことが重要です。[1][2]

延長8.8km、9km、5.5kmは同じ範囲の数値ではない

疏水路全体の延長について土地改良区は約8.8km、福崎町は約9kmと概数で示しています。農水省のICID資料が示す約5.5kmは、隧道8か所・水路橋5か所・サイフォン4か所を有する「岡部川疏水路」の説明対象区間です。5.5kmを全線の長さとして置き換えることはできません。また台地の南北約9kmという地形上の長さも、水路の実測延長とは区別します。[1][3][4]

隧道8か所・水路橋5か所・サイフォン4か所

山の斜面や谷を横切るため、工事では水路トンネル・水路橋・サイフォンが組み合わされました。農水省は岡部川疏水路約5.5kmに隧道8か所、水路橋5か所、サイフォン4か所が設けられたと説明します。サイフォンは水圧と地形の高低差を利用して低所を横断する通水構造です。旧来の煉瓦アーチ水路橋のうちコンクリート造に改築されたものもあり、これらの施設数を現存する煉瓦構造物の数と混同しません。[1][2][3]

第2号・第7号・第8号隧道に残る異なる技術

土地改良区の紹介では、第2号隧道は約40mの素掘りで、築造時の形を残して現在も通水しています。保喜山を貫く第7号隧道は約500m、第8号隧道は約330mの煉瓦造です。老朽化した別の隧道はコンクリート造に改修された区間もあります。福崎町の別資料には全長540mの煉瓦トンネルも登場しますが、第7号・第8号との名称対応や測り方は確認できないため、長さを単純に同一視しません。[2][5]

水路橋の姿も竣工当時から変化している

妙徳山前水路橋や上田中水路橋の当時の写真を管理者が公開しています。「旧第5号水道橋、新第6号水路橋」については、もともと煉瓦アーチ式だった橋が現在はコンクリートに改築されたと説明されます。2026年時点で全ての橋が1915年当時の煉瓦構造のまま残る、あるいは元の橋が全て現存すると記載できる資料は確認できません。[2]

長池とため池群:非かんがい期に水を蓄える

この水利系統は導水路だけでなく、5か所のため池の新設・拡張を伴いました。長池は1915年に既存の2つの池を統合・拡張した地区最大のため池で、管理者は周囲約2.5kmと説明しています。これは池の周長であり水路延長ではありません。各池では受益地の利用者が「用水調整担当員」として見回り、土地改良区が水管理を一元的に担う仕組みが紹介されています。現在の池ごとの有効貯水量・地区全体の確定容量は確認できません。[1][2][3]

下流優先方式と長池への揚水による渇水対策

昭和30年代、下流側を先に潤し、使った水をポンプで上流に戻して反復利用する「下流優先方式」が採用されました。管理者はこの方式は平成後半以降あまり使われなくなったと説明する一方、市川から約2km離れた長池まで水を揚げる大型ポンプで渇水への備えを強化したとしています。歴史的な下流優先用ポンプと長池揚水設備を同一設備として扱わず、現在の稼働頻度・揚水能力は不詳とします。[1]

2024年に世界かんがい施設遺産へ登録

2024年9月3日、国際かんがい排水委員会(ICID)は西光寺野疏水路を世界かんがい施設遺産として登録しました。福崎町と農水省が公表しています。これは歴史的かんがい施設を評価・保全するICIDの制度であり、ユネスコ世界遺産とは異なります。農水省の2024年4月23日付発表は国内委員会によるICID申請候補への決定で、同年9月3日の正式登録とは段階が異なります。また農水省の「ため池百選」に選ばれた「西光寺野台地のため池群」と、疏水路全体のICID登録も別の認定です。[1][4][6][8]

ウォーキング行事と見学の条件

土地改良区は2003年からため池・疏水路を巡るウォーキング行事を開催しています。2025年3月1日の第17回では煉瓦造隧道や約500mのトンネルを見学しました。農業用水が流れるトンネル内部を日常的に自由見学できると保証する案内は確認できません。農林水産省が掲載する「銀の馬車道ため池ウォーキング」は、2015年12月5日のイベントで歩いた約10km・徒歩3時間のモデルコースです。農水省は催事ごとにコースを変更すると明記しており、現在の固定見学コースや自由立入の許可を示すものではありません。見学イベントの募集・実施状況、通水期の立入制限は土地改良区へ事前に確認し、管理施設へ無断で入らないでください。[1][2][4][7]

Deep research

西光寺野土地改良区、農水省、福崎町の公式一次資料を照合。岡部川を起点にため池へ蓄え耕作期に用いる流れ、1912~1915年の開削と2024年ICID認定を整理した。1914年/1915年の完成年、5.5km/8.8km/9kmの延長、540mと第7・第8号隧道の対応など、未解明の資料差を区別している。

最終確認:2026-11-04

施設データを詳しく見る

着工
1912年

1908年に計画・調査を開始、約3年間の調査を経て着工

全線完成
1915年10月21日

西光寺野土地改良区の記録。福崎町地区別資料は1914年完成と記載し未解明

疏水路延長(管理者)
約8.8km

福崎町は概数約9km。台地の南北約9kmとは別

岡部川疏水路の説明区間
約5.5km

農水省ICIDの区間表記。全線延長8.8kmとは同一指標ではない

隧道
8か所

農水省・土地改良区の歴史的施設数。現存する煉瓦隧道数ではない

水路橋とサイフォン
水路橋5か所/サイフォン4か所

竣工当時の構成。コンクリートへ改築された橋もある

ため池の新増築
5か所

1915年完成時の事業規模。地区全体の現存池数を表さない

第7号/第8号隧道
約500m/約330m

管理者の案内。福崎町資料は540mの煉瓦トンネルを別記し対応不詳

長池
1915年整備・周囲約2.5km

既存2池の統合・拡張。周囲長であり水路延長・容量ではない

ICID世界かんがい施設遺産
2024年9月3日

ICID登録、ユネスコ世界遺産とは異なる

水の流れ:岡部川から西光寺野台地の農地へ

  1. 1

    市川町下瀬加・瓜生田取水口

    市川水系の岡部川の水を、台地より高い位置に設けた取水口から導き入れる。

  2. 2

    非かんがい期に導水

    農業用水が多く必要になる季節に備え、河川からの取水を主に非かんがい期に行う。

  3. 3

    山地の隧道を通過

    第2号素掘り隧道や第7・第8号隧道などを含む導水区間を経る。

  4. 4

    水路橋・サイフォンで谷を越える

    水路橋とサイフォンを組み合わせ、起伏の多い土地でも水を引く。

  5. 5

    長池などのため池へ貯留

    長池をはじめ新設・拡張した池に水を蓄え、利用時期に備える。

  6. 6

    かんがい期に各受益地へ配水

    各ため池の担当員による見回りと土地改良区の一元管理のもと、耕作地へ農業用水を供給する。

  7. 7

    渇水対策として市川から長池へ揚水

    土地改良区は長池への大型ポンプも紹介する。揚水量・現在の使用頻度は不詳。

西光寺野疏水路の年表:開墾・完成・保全と国際認定

  1. 西光寺野台地の開墾構想

    市川と平田川より高い台地は用水を確保しづらく、開墾構想が長く続いた。

  2. 前川萬吉が用水計画・調査を開始

    神崎郡長のもとで水利改良・開墾計画を具体化。約3年間の調査に着手。

  3. 西光寺野耕地整理組合が設立

    疏水路整備と並行して台地の耕地整理を進めるため設立。

  4. 森田久忠のもとで本格着工

    岡部川からの導水と隧道、水路橋、サイフォン、ため池整備を開始。

  5. 福崎町の地区別文化財資料に完成年の記載

    「西光寺野用水(岡部川疏水路)」の記録。1915年全線完成との関係は未解明。

  6. 西光寺野疏水路が全線完成

    土地改良区の完成日。農水省も1915年の事業完成を記載。長池の拡張も1915年。

  7. 下流優先方式のため揚水ポンプを設置

    下流へ流した水を上流へ戻し、反復利用する水管理方式を導入。

  8. 下流優先方式の利用が縮小

    管理者によると同方式はあまり使われなくなり、市川から長池への大型ポンプで渇水対策を補強。

  9. ため池・疏水路ウォーキングを開始

    管理者が地域の歴史と用水の役割を学ぶ機会として開催。

  10. 西光寺野台地のため池群が「ため池百選」に選定

    ため池群の選定と後年の疏水路ICID認定は対象も制度も別。

  11. ICID世界かんがい施設遺産の申請候補に決定

    ICID日本国内委員会による申請決定。正式登録は同年9月3日であり別段階。

  12. 世界かんがい施設遺産へ登録

    国際かんがい排水委員会(ICID)の第75回国際執行理事会で決定。

  13. 第17回ウォーキングで隧道見学

    登録記念行事で煉瓦隧道と約500mのトンネルを案内。常時一般公開ではない。

見学・アクセス情報

疏水路は市川町の取水口から福崎町・姫路市の農地へ広がる現役の水利施設で、単一の入場口や開館時間はありません。現地の管理区域へ立ち入らず、見学は公開されている周辺・主催行事を利用してください。

起点・瓜生田取水口
兵庫県神崎郡市川町下瀬加字瓜生田壱。土地改良区は播但連絡市川南ICから車約5分と案内
受益地
姫路市船津町・山田町・豊富町、神崎郡福崎町田原・八千種地区などの西光寺野台地
第2号隧道
約40mの素掘りの現役水路。内部の一般立入条件は公式資料で確認できない
第7号隧道
保喜山を貫く約500mの水路トンネル。非通水期の特別見学例があるが常時開放の保証はない
第8号隧道
約330mの煉瓦造りの水路トンネル。外部から見られる地点と内部への立入許可は分けて判断
長池
1915年に2池を統合・拡張したため池。周囲約2.5kmと管理者が紹介
ウォーキング行事
土地改良区が2003年以降に開催。2025年3月1日には煉瓦隧道などを見学。現在の開催予定を確認
問合せ先
西光寺野土地改良区、福崎町南田原2131、電話0790-22-0036。水路・隧道の見学条件を事前確認

見学目的でも門・柵・管理区域を越えず、管理者が案内する公開条件と指定経路に従ってください。

農業水利の現況と資料間の数値差

西光寺野疏水路は現役の農業用水路であり、水道用の消毒設備や水道水質検査値をこの施設単独に帰属させることはできません。施設全体は土地改良区約8.8km・福崎町約9kmと表記され、農水省の約5.5kmは岡部川疏水路の説明区間です。土地改良区・農水省は1915年全体完成、福崎町の西光寺地区別資料は1914年完成と記載します。町資料の煉瓦トンネル540mと管理者が説明する第7号約500m・第8号約330mの対応も確認できません。数値や対象物を同一とみなさず併記しています。池の総容量、通水量、ポンプ能力、最新受益面積は公式公開資料で確定できません。[1][2][3][4][5]

よくある質問

西光寺野疏水路は何と読みますか?

「さいこうじのそすいろ」です。兵庫県の西光寺野台地を潤す農業用水路です。

水はどの川から取っていますか?

市川町下瀬加の瓜生田取水口で、市川水系の支流・岡部川から取水します。

なぜため池が必要なのですか?

非かんがい期に岡部川からの水を池に蓄え、農業用水を多く使う時期に供給するためです。

いつ完成しましたか?

土地改良区は1915年10月21日の全線完成を記録します。福崎町の地区別資料は「西光寺野用水(岡部川疏水路)」を1914年完成と記し、両者の関係は未解明です。

全長は5.5km、8.8km、9kmのどれですか?

土地改良区が示す全線は約8.8km、福崎町の約9kmは概数です。農水省の約5.5kmは岡部川疏水路の説明区間であり、全線の値とは区別します。

トンネル・水路橋は何か所ありますか?

竣工時の構成として隧道8か所、水路橋5か所、サイフォン4か所が案内されています。煉瓦の原形が残る現存数とは異なります。

煉瓦造トンネルは何mありますか?

土地改良区は第8号隧道約330m、第7号隧道約500mと案内します。福崎町の文化財資料には540mの煉瓦トンネルとあり、同じ区間かどうかは確認できません。

世界遺産に登録されていますか?

2024年9月3日にICID世界かんがい施設遺産へ登録されました。ユネスコ世界遺産ではありません。

水路トンネルに自由に入れますか?

管理者は非通水時の見学例とウォーキング行事を紹介していますが、常時自由に入れる案内ではありません。見学時期と立入許可を土地改良区へ確認してください。

管理しているのは誰ですか?

西光寺野土地改良区です。各ため池の用水調整担当員が地域で見回り、土地改良区が全体を管理しています。

西光寺野疏水路を理解するための要点

本ページでは、西光寺野疏水路を兵庫県・姫路市・市川町・福崎町の疏水施設として記録しています。以下は掲載資料から確認できる基本情報です。

記録上の所在地
兵庫県神崎郡市川町下瀬加字瓜生田壱の取水地点から、福崎町・姫路市北部の西光寺野台地へ至る線状水路
施設種別
疏水施設
年代・供用状況
1908年調査開始、1912年着工、1915年10月21日全線完成。福崎町の地区別文化財資料には1914年完成の別記録あり
構造・形式
岡部川からの農業導水路とため池群。土地改良区は延長約8.8km・隧道8か所・水路橋5か所・サイフォン4か所、農水省は約5.5kmの岡部川疏水路区間に同施設数を記載
能力・規模
土地改良区:約8.8km(疏水路全体)、農水省:約5.5km(岡部川疏水路の説明区間)、福崎町:約9km(概数)。設計通水量・ため池の総貯水容量は公式公開資料では確認できない
文化財等
2024年9月3日、ICID世界かんがい施設遺産に登録。ため池群は2010年に農林水産省「ため池百選」に選定(疏水路全体の単独指定とは別)

施設の機能と地域での役割

水路・隧道・水路橋などは、水を運ぶ経路や関連設備です。用途は施設によって異なるため、上水道だけに限定せず、送水先や地域での役割を本文で確認してください。 この一般的な役割と、上記の調査本文に記載したこの施設固有の歴史・構造を分けてご覧ください。

見学・現地確認について

掲載上の見学情報は「土地改良区がため池・疏水路のウォーキング行事を開催。第7号隧道の見学は通水状況や行事の管理条件による。トンネル・取水施設の常時自由入場は確認できない」です。公開日、受付方法、見学可能範囲は変更されることがあります。訪問前に管理者や自治体の最新案内を確認し、現地では指定された見学経路に従ってください。

掲載内容はページ末尾の出典・参考資料8件を基に整理しています。資料間で表記が異なる場合は、自治体・管理者の案内を優先してください。

所在地マップ

兵庫県神崎郡市川町下瀬加字瓜生田壱の取水地点から、福崎町・姫路市北部の西光寺野台地へ至る線状水路

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年代・出典の扱いと現役施設を確認するときの注意はアーカイブの読み方・見学ガイドにまとめています。