建設の背景
函館の近代水道は明治期に整備が始まり、大正末から昭和初期にかけて市域の拡張に伴って配水施設の増強が図られた。西部地区は坂の多い地形が特徴であり、重力給水だけでは末端まで十分な水圧を確保することが困難であった。このため、昭和4年(1929年)から配水塔の建設計画が本格化し、翌年に竣工した。
建築的特徴
外壁は赤煉瓦の英国積みを基本とし、出隅・開口部周辺には切石状のラインストーンが装飾として用いられている。塔頂部は緩やかなドーム状の鉄製蓋で覆われており、水槽本体はRC造の内筒として煉瓦外壁の内側に収められている。基礎はコンクリート布基礎が採用されており、北海道の凍結深度を考慮した設計が施されている。
塔高は約18メートル、貯水容量は約300立方メートルで、当時の西部地区の給水人口に対して十分な容量を持っていた。外周に設けられた螺旋状の鉄製梯子は後年に改修されたものであるが、竣工当時の図面が函館市公文書館に保存されており、元来は内部の鉄梯子のみであったことが確認されている。
文化財指定と現況
2002年(平成14年)に函館市指定有形文化財に指定。現在は函館市水道局の管理下にあり、実際の給水機能は停止しているが、施設そのものは良好な状態で保存されている。外観のみ見学が可能で、案内板が設置されている。内部への立入は原則非公開であるが、毎年秋に開催される函館市近代建築一般公開イベントにて特別公開されることがある。
関連施設
同時期に函館市水道部が整備した東部配水塔(昭和8年竣工、RC造)は現存せず解体済みであり、西部配水塔が現存する唯一の配水塔となっている。
出典・参考資料
- 1函館市公文書館所蔵「西部配水塔竣工図面」(昭和5年)
- 2函館市水道局『函館水道百年史』(1990年)
- 3日本水道協会「近代水道遺産データベース」↗
- 4国土交通省「近代化遺産(建造物等)総合調査報告書 北海道版」(2002年)
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