矢作川から碧海台地へ水を引く明治用水
明治用水は愛知県の矢作川から取水し、安城市を中心とする西三河の碧海台地へ水を届ける農業水利施設です。かつて「安城が原」「五ヶ野が原」と呼ばれた水不足の台地では、ため池に頼る農地が多くありました。明治用水の開削によって水田開発が進み、その後の農業・地域産業を支える基盤となりました。現在の基幹的な水利施設は農業用水に加え、工業用水と水道用水の供給にも関係します。ただし用水路自体が飲み水をつくる浄水場という意味ではありません。[1][2][3]
都築弥厚から岡本兵松・伊豫田与八郎へ
江戸時代末期、都築弥厚は矢作川から碧海台地へ水を導く用水計画を立て、1826(文政9)年に測量を終えました。1827年に幕府へ開発を願い出ましたが、1833年に本人が亡くなり計画はいったん停滞します。明治期には岡本兵松が構想を再興し、伊豫田与八郎の排水・かんがい計画と統合して実現に至りました。施設の建設を一人の人物だけに帰属させず、計画から実現までの役割の違いを明確にします。[1][2]
1880年の本流通水と1881年の幹線完成を区別
農林水産省の史料では、1880(明治13)年3月に明治用水本流が完成して通水を開始し、1881年には総延長52kmの幹線水路が完成しました。さらに約40本の支線が整えられ、1885年には現在の水路網の原型がほぼ成立しました。したがって「1880年に現在の全線が完成した」とは説明しません。52kmは1881年段階の幹線の歴史的延長であり、現存する全水路・支線の合計延長でもありません。[1][2]
「日本デンマーク」を支えた農業基盤
東海農政局は、開削以前に約2,000haだった水田が1907(明治40)年には8,000haを超えたと説明します。これは明治期の地域の水田面積の推移であり、現在の明治用水の受益面積とは異なる統計です。水稲に加えて麦・野菜などを組み合わせる土地利用、養鶏・養蚕・果樹などの多角的農業が発展し、西三河は「日本デンマーク」と呼ばれる農業地帯として知られました。[2]
現在の頭首工は昭和期に建設された別の施設
現在の明治用水頭首工は、国営明治用水土地改良事業の一環として1951(昭和26)年から1957(昭和32)年にかけて造成され、1978~1983年に改修を受けた施設です。農林水産省の2022年頭首工概要は堰長167.3mとし、内訳を洪水吐133.0m、土砂吐26.05m、その他8.25mと示します。1951~1957年は現頭首工の築造期、1947~1957年度は国営土地改良事業全体の期間です。また、1909(明治42)年竣功の旧堰堤を現在の頭首工の建設年として扱いません。[1][3][4]
農業・工業の最大取水量と水道用水を混同しない
2022年の農林水産省資料は明治用水頭首工の最大取水量を農業用水30.00m³/秒、工業用水4.02m³/秒と示します。この二つは用途別に掲げられた計画上の最大値であり、日々の取水実績や「水道用水を含めた全系統の厳密な合計流量」ではありません。一方、東海農政局の現行の国営事業概要は、基幹水利施設から農業用水だけでなく工業用水・水道用水も供給すると説明します。実際に飲用される水は下流側の別の浄水処理・水質管理を経るため、明治用水の河川水をそのまま飲用可能とすることはできません。[3][4][6]
受益面積は資料の基準年・対象事業が異なる
愛知県の世界かんがい施設遺産紹介(2016年登録施設の説明)では、西三河の8市・受益面積約4,500haと記載しています。農林水産省の2022年頭首工概要は安城市ほか7市の4,759ha(水田4,730ha・畑29ha)を掲げます。他方、東海農政局の「矢作川総合第二期地区の概要」は対象の水田農業地帯を5,441haとしています。これらは作成時点と資料・事業の対象範囲が異なるため、5,441haを頭首工資料の4,759haへ上書きせず、それぞれの出典・定義を併記します。[3][4][5]
地震に備える幹線・頭首工の整備
国営矢作川総合第二期土地改良事業は、大規模地震による頭首工や幹線水路の損傷を防ぐため、基幹施設の耐震化などを進めています。農林水産省の2022年資料は、堰柱・ゲート設備等の耐震化対策を2017~2022年に行ったと記しますが、後の工事・漏水復旧と混同しません。東海農政局の事業概要に記載された計画期間も、全ての対象設備が現時点で完成していることを示すものではありません。[3][4][9]
2022年5月の頭首工漏水と暫定的な供給回復
東海農政局によれば、2022(令和4)年5月15日に頭首工付近の漏水を確認し、17日に範囲が拡大、上水・工業用水・農業用水の取水量が大幅に減少しました。応急の止水・揚水・ブロックごとの通水を経て、8月1日に農業用水は全ブロックへの通水を開始し、8月29日には工業用水の通常受水への緩和が記録されています。「通水再開」を「本格的な構造物復旧工事の完了」と同一視しません。漏水は水源河川と取水施設に関する問題であり、上水道の個別浄水場の水質検査結果を示す出来事ではありません。[6]
2026年時点の復旧進捗と未完了部分
愛知県知事は2026(令和8)年7月22日の会見で、漏水事故後の左岸側復旧工事は同年6月までに完了した一方、再発防止策となる右岸側の恒久止水矢板は「この秋から設置する」計画と説明しました。これは2026年7月時点で確認できた進捗であり、右岸工事が既に着工・竣工したことも、頭首工全体の恒久復旧がすべて完了したことも意味しません。国営事業の工事公表資料には継続する関連工事もあるため、完了部分と計画部分を分けて把握する必要があります。[7][9]
世界かんがい施設遺産と水のかんきょう学習館
明治用水は2006年2月に「疏水百選」に選定され、2016年11月8日にICIDの「世界かんがい施設遺産」に登録されました。登録の対象・制度は国宝・国指定重要文化財とは異なり、現代の頭首工や水路全線を国重要文化財とするものではありません。安城市大東町の「水のかんきょう学習館」では明治用水や水・農業・環境について展示を通じて学べます。公式の公開案内はこの学習施設に関するもので、豊田市の頭首工設備内部へ自由に入れるとの情報ではありません。[1][5][8]
Deep research
農林水産省・東海農政局・愛知県の一次資料に基づき、1880年の本流開削、1950年代の現頭首工建設、現代の複合用途、2022年漏水事故と2026年時点の復旧を区別する。受益面積や最大取水量は資料の時点と対象範囲を明記する。
最終確認:2026-11-04
施設データを詳しく見る
- 本流完成・通水開始
- 1880年3月
- 当初の幹線水路
- 1881年・52km
- 支線整備
- 1885年頃・約40本
- 現頭首工の造成
- 1951~1957年
- 現頭首工の堰長
- 167.3m
- 農業用最大取水量
- 30.00m³/秒
- 工業用最大取水量
- 4.02m³/秒
- 受益面積の公表差
- 約4,500/4,759/5,441ha
- 世界かんがい施設遺産
- 2016年11月8日
- 2022年漏水事故
- 5月15日確認
明治用水本流。全支線完成の年ではない
明治初期の歴史的幹線延長。現在の水路総延長ではない
東海農政局の歴史資料。現在の分水路総数ではない
国営明治用水土地改良事業全体は1947~1957年度
2022年MAFF資料。洪水吐133.0m・土砂吐26.05m・その他8.25m
2022年MAFF頭首工概要。実績値や水道用を含む総量ではない
2022年MAFF頭首工概要。用途別の計画上限
県2016年紹介、MAFF2022年頭首工資料、国営矢作川総合第二期地区の順。単純比較できない
ICID登録。国の重要文化財指定とは異なる
5月17日に取水量大幅減。2026年6月に左岸復旧、右岸は2026年7月会見時点で今秋着工予定
矢作川から農地・工業・水道原水へ
- 1
矢作川の河川水
豊田市付近を流れる矢作川が取水元。上流域の水を用水路に引き込む。
- 2
明治用水頭首工で取水
豊田市室町・水源町付近の現頭首工で河川水を取り入れる。1880年当初の取水施設とは別。
- 3
基幹用水路で西三河へ送水
幹線用水路によって碧海台地へ運ぶ。1881年の52kmは創設期の幹線延長。
- 4
分水路で沿線へ配分
地域の農地へのかんがいに合わせて分水・管理する。管理には明治用水土地改良区が関わる。
- 5
農地でかんがい利用
水田や田畑に供給し、米や小麦・大豆・野菜などを育てるために利用する。
- 6
工業・水道用水系統にも利用
基幹水利の共同施設は工業用水と水道用水の供給にも関係する。農業用と同じ用途別指標ではない。
- 7
水道用は別施設で浄水処理
飲用する場合は別途の浄水・検査を経る。明治用水頭首工や農業用の開水路自体が浄水施設ではない。
明治用水の計画・開削・改修・漏水事故の経緯
都築弥厚らが開削の測量を完成
矢作川から碧海台地へ引水する構想を具体化。
幕府へ新開計画を提出
用水の開削と開田を願い出た。
都築弥厚が死去
一部の開発許可を得たが計画は停滞。後に岡本兵松・伊豫田与八郎らが継承。
明治用水本流完成・通水開始
明治用水全支線がこの年に完成したわけではない。
総延長52kmの幹線水路が完成
創設期の幹線延長。現代の全水路長とは別。
支線水路約40本が概成
碧海台地の広い範囲に用水を配る基盤が整う。
歴史的な旧堰堤が竣功
MAFF歴史資料の旧堰堤写真に示された年。現頭首工の竣工年ではない。
国営明治用水土地改良事業
1951~1957年に現在の明治用水頭首工を造成。
現頭首工の改修
農林水産省2022年資料の改修期間。
疏水百選に選定
農林水産省が歴史ある疏水として紹介。
世界かんがい施設遺産に登録
国際かんがい排水委員会(ICID)による登録。
堰柱・ゲート設備等の耐震化対策
2022年頭首工概要の記載。漏水事故の恒久復旧工事とは別。
頭首工の漏水事故
15日に漏水確認、17日に取水量が大幅減少。上水・工業・農業用水に影響。
応急供給が段階的に回復
1日に農業用水全ブロック通水開始、29日に工業用水の通常受水への緩和。恒久工事の完了ではない。
左岸側復旧完了と右岸工事計画
知事は6月の左岸完了を7月22日に報告、右岸の恒久止水矢板は秋から設置予定と述べた。
見学・アクセス情報
明治用水は豊田市から西三河へ延びる広域の水路で、頭首工内部を含めて一律に公開されているわけではありません。公式に公開が案内される水のかんきょう学習館と、運用・工事中の取水施設を分けます。
- 頭首工所在地
- 愛知県豊田市室町・水源町。漏水事故に関する国の記載であり、一般入場場所を示すものではない
- 現頭首工・管理区域
- 公式の常設一般公開案内を確認できない。工事・点検区域への立入不可を前提に現地標識に従う
- 水のかんきょう学習館
- 愛知県安城市大東町22-16、大池公園内。明治用水・水・農業・環境の展示を案内
- 学習館の開館時間
- 9:00~16:00、月曜休館(祝日の場合は翌平日)。事前に最新の公式案内を確認
- 学習館の料金
- 県の案内では無料(フリーゾーンは有料と記載あり)。利用区画や企画内容を確認
- 公共交通
- JR安城駅から北へ徒歩約15分、名鉄北安城駅から西へ約15分(学習館へのアクセス)
- 用水沿線の散策
- 一般の歩道・公園等の公開場所から観察。水路、ゲート、工事箇所の立入を認めるものではない
見学目的でも門・柵・管理区域を越えず、管理者が案内する公開条件と指定経路に従ってください。
原水・農業用水と飲用水の水質管理を区別
東海農政局はこの基幹農業水利施設が農業用・工業用・水道用の水を供給すると説明します。ただし頭首工からの取水は河川水であり、水道用水も下流の浄水・水質管理を経て初めて飲用になります。2022年の漏水による取水量減少は頭首工の供給障害であり、特定の浄水場や明治期の旧水路が水質基準に違反したことを意味しません。現行の浄水場ごとの検査値を明治用水全線の水質として転載しません。[3][6]
よくある質問
明治用水はどこから水を取っていますか?
愛知県豊田市付近を流れる矢作川です。現行の取水は明治用水頭首工が担います。
明治用水はいつ完成しましたか?
1880年3月に本流が完成して通水を開始し、1881年に幹線52km、1885年頃までに支線約40本が整いました。
誰が明治用水を造ったのですか?
構想と測量に尽力した都築弥厚に始まり、岡本兵松や伊豫田与八郎らが計画を継いで実現しました。
1880年に造られた堰を今も使っていますか?
現在の明治用水頭首工は1951~1957年に造成され、1978~1983年に改修された施設です。1880年の本流完成年や1909年の旧堰堤竣功年とは区別してください。
明治用水の全長は52kmですか?
52kmは1881年段階の幹線水路の記録です。現代の全幹線・支線の合計延長とは限りません。
明治用水は農業用水だけですか?
農業用として開削されましたが、現在の共同水利施設は工業用水や水道用水の供給にも関係しています。
頭首工の取水量と受益面積は?
2022年MAFF資料では最大取水量は農業用30.00m³/秒・工業用4.02m³/秒です。受益面積は愛知県の約4,500ha、頭首工資料の4,759ha、国営二期地区の5,441haと対象時点・範囲ごとに異なります。
2022年の明治用水漏水事故はどうなりましたか?
2022年8月には農業用水全ブロックの通水と工業用水の通常受水への緩和が記録されました。2026年7月の愛知県知事会見では左岸側復旧は同年6月完了、右岸恒久止水工事は秋からの予定とされています。
明治用水は世界遺産ですか?
2016年にICIDの世界かんがい施設遺産へ登録されました。ユネスコ世界遺産や水路全体の国重要文化財指定と同じ制度ではありません。
明治用水を見学できますか?
安城市大東町の水のかんきょう学習館には公式の一般公開案内があります。現頭首工の管理施設内部は常設の一般見学案内を確認できず、公開場所からの観察にとどめてください。
明治用水を理解するための要点
本ページでは、明治用水を愛知県・豊田市・安城市・岡崎市ほか西三河の8市の疏水施設として記録しています。以下は掲載資料から確認できる基本情報です。
- 記録上の所在地
- 愛知県豊田市室町・水源町(明治用水頭首工付近。明治用水は広域に延びる線状の水路施設)
- 施設種別
- 疏水施設
- 年代・供用状況
- 1880年(明治13年)3月に本流完成・通水開始、1881年幹線52km完成、1885年支線約40本がおおむね整備。現頭首工は1951~1957年造成
- 構造・形式
- 矢作川の明治用水頭首工、幹線用水路・分水路など。現在の頭首工は昭和期造成の堰で、1880年の初代施設や1909年竣功の旧堰堤とは別物
- 能力・規模
- 現頭首工の堰長167.3m。2022年農林水産省資料の最大取水量:農業用30.00m³/秒・工業用4.02m³/秒。受益面積は資料・事業範囲により異なる
- 文化財等
- 2016年11月8日ICID世界かんがい施設遺産登録、2006年2月「疏水百選」選定。水路全体の国重要文化財指定とは異なる
施設の機能と地域での役割
水路・隧道・水路橋などは、水を運ぶ経路や関連設備です。用途は施設によって異なるため、上水道だけに限定せず、送水先や地域での役割を本文で確認してください。 この一般的な役割と、上記の調査本文に記載したこの施設固有の歴史・構造を分けてご覧ください。
見学・現地確認について
掲載上の見学情報は「安城市の「水のかんきょう学習館」は公式に公開案内あり。頭首工の管理施設や水路内部は自由立入・一般見学可と確認できず、公開される公園・歩道からの観察に限定」です。公開日、受付方法、見学可能範囲は変更されることがあります。訪問前に管理者や自治体の最新案内を確認し、現地では指定された見学経路に従ってください。
掲載内容はページ末尾の出典・参考資料9件を基に整理しています。資料間で表記が異なる場合は、自治体・管理者の案内を優先してください。
所在地マップ
愛知県豊田市室町・水源町(明治用水頭首工付近。明治用水は広域に延びる線状の水路施設)
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地図は公開住所をもとに検索表示しています。施設の管理区域には立ち入らないでください。
地図検索:公開住所による地図検索 ↗関連タグ
出典・参考資料
- 1農林水産省「明治用水(愛知県)」(1826年測量、1880年本流、1881年幹線52km、1885年支線、疏水百選)↗本文に戻る ↑
- 2東海農政局「明治用水の歴史」(都築弥厚・岡本兵松・伊豫田与八郎、日本デンマーク、世界かんがい施設遺産)↗本文に戻る ↑
- 3東海農政局「矢作川総合第二期地区の概要」(現行の共同水利施設、国営事業の時期、受益地域5,441ha、耐震対策)↗本文に戻る ↑
- 4農林水産省東海農政局「明治用水頭首工の概要」2022年資料3(堰長167.3m、最大取水量、1951~1957年造成)↗本文に戻る ↑
- 5愛知県「世界かんがい施設遺産に『明治用水』が登録されました」(2016年11月8日、約4,500ha、管理主体)↗本文に戻る ↑
- 6東海農政局「これまでの経緯と対応状況」(2022年5月の頭首工漏水、応急通水、8月の復旧経過)↗本文に戻る ↑
- 7愛知県「2026年7月22日知事記者会見」(左岸側工事2026年6月完了、右岸恒久止水工事の予定)↗本文に戻る ↑
- 8愛知県環境学習施設等連絡協議会「明治用水土地改良区 水のかんきょう学習館」(安城市大東町、見学案内)↗本文に戻る ↑
- 9東海農政局「工事および業務の積算書等の公表」(矢作川総合第二期の継続事業の確認)↗本文に戻る ↑
年代・出典の扱いと現役施設を確認するときの注意はアーカイブの読み方・見学ガイドにまとめています。