建設の背景
阿蘇市内牧地区は、阿蘇カルデラ内の北部に位置する温泉・農業地帯で、1950〜60年代に観光開発と農地整備が並行して進んだ。地質的には着色間歇泉帯(含鉄・炭酸成分を含む地下水層)と通常の清水系地下水層が混在し、水源の選定と分離が水道整備の主要な技術的課題であった。1963年(昭和38年)、阿蘇郡の町村水道組合が内牧地区に高架水槽を設置し、清水系地下水のみを取水・配水する分散型給水系統の一部として運用を開始した。
建築的特徴
鋼製の円筒タンクを鋼製架台で支持する高架水槽形式で、塔高は架台込みで約8メートル。農村地帯への分散配水に適した小〜中型規模の施設であり、材料の搬入が容易な鋼製架台が選択された。内牧地区のような高原地帯では塩害・腐食の影響が海岸部より少ないとされるが、昼夜の気温差が大きく、外表面の結露・凍結対策として防錆塗装の仕様が設定されていた。創建当初の塗装は後の補修で塗り重ねられており、外観から建設時の原形をそのまま確認することは難しい。
阿蘇の水道整備の特殊性
阿蘇カルデラ内の水道整備は、火山性地質による水質変動という特有の課題を抱えていた。火山性硫化水素や溶出鉄分を含む地下水を浄化・混合する技術が確立されるまでは、水源ごとの個別管理と複数施設への分散型配水が標準的な手法であった。本高架水槽はその分散型配水網の一拠点として機能し、内牧地区の安定した水供給に貢献した。
現況
現在も塔体は現存しており、外観の観察が可能。施設は老朽化が進んでいるが、周辺の景観上の特徴としても注目されており、阿蘇市の水道史を示す現地の物証として評価されている。
出典・参考資料
- 1熊本県『熊本県水道史』(1990年)
- 2阿蘇市史編集委員会『阿蘇市史』(2009年)
- 3日本水道協会「近代水道遺産データベース」↗
注意事項:本掲載情報は記録・保存を目的とした参考資料です。現地への立入は必ず管理者の許可を得てください。非公開施設への無断立入は法律および条例に違反する場合があります。掲載情報に誤りがある場合はお問い合わせフォームよりご連絡ください。