配水塔現存昭和前期

日田市旧三芳配水塔

内陸水都・日田の市街地南部への配水圧確保を目的に建設されたRC造配水塔。日田川水源からの適切な位置に建設され、内陸都市が半世紀にわたる水道整備の歴史を伝える。

竣工1934年
所在地日田市
構造RC造
見学外観観察可

建設の背景

日田市は大分県北西部に位置し、筑後川支流・三隈川沿いの盆地に市街地が形成された内陸の水運・木材の集散地である。「水郷日田」とも呼ばれるこの地は豊富な地表水に恵まれてきたが、近代水道の整備は大正末期から昭和初期にずれ込んだ。1934年(昭和9年)、日田市は市街地南部の高台に配水塔を設置し、市街地全体への均等な給水圧確保を図る整備を完了した。この施設は日田における近代的水道システム確立の総仕上げとなる施設であった。

建築的特徴

RC造の円筒形配水塔で、塔高約11メートル。昭和初期に大分県内で施工実績のあった建設業者が担当し、地元産の砂利・砂を一部転用した施工が行われたとされる。塔体上部には通気口と保守用ハッチが設けられており、外壁は後年の改修でモルタル上塗りが施されている。基礎は三隈川沿いの沖積地盤に対応した杭基礎が採用されており、水運で知られた軟弱地盤への工学的対応が見られる。

水郷日田と水道整備

三隈川は筑後川の上流域にあたり、日田盆地には豊富な降水量と地下水脈が存在する。しかし河川増水による濁水は水源としての安定性に欠けるため、近代水道では伏流水を主体とする取水方式が採用された。本配水塔はその取水・浄水設備から配水先の高台への中継地点として建設されたものであり、日田の地勢に最適化した配水インフラの要として機能した。

現況

現在も塔体が現存しており、外観の観察が可能。日田市の近代水道創設以来の施設として、市の水道史資料にも記録されている。周辺の土地利用変化の中でも塔体は撤去されずに残されており、今後の活用方針が検討されている。

出典・参考資料

  1. 1日田市水道局『日田市水道50年史』(1981年)
  2. 2大分県『大分県水道史』(1992年)
  3. 3日本水道協会「近代水道遺産データベース」

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