建設の背景
旧隼人町(現・霧島市)の上水道整備は大正末期から計画され、昭和6年(1931年)に隼人地域の中心部に浄水場が完成した。本ポンプ室はその取水・送水の中核施設として建設され、大隅半島北西部の近代水道の出発点となった。県衛生部の水道課が中心となって設計を行い、当時の地方都市水道建設の標準的な手法が採用されている。霧島市周辺は温泉資源が豊富で、温泉水と上水道の水源分離が初期の設計課題のひとつとなっていた。
建築的・構造的特徴
機械室はRC造の矩形平面で、基礎部と水路壁面に煉瓦積みを用いた複合構造が特徴的である。機械室内部には送水ポンプの据付架台と配管貫通スリーブが現存しており、昭和初期の地方水道機械設備の様子を伝えている。煉瓦壁面の目地は丁寧な仕上げが施されており、当時の施工精度の高さがうかがえる。鉄扉枠の一部も残存しており、建設当初の仕様が確認できる。
文化財指定と記録
その後の水道整備で役割を終えたが、建物の保存状態が良好であったことから、国の登録有形文化財に指定された。現在は霧島市の教育委員会が管理し、近代産業遺産として定期的な保全点検が行われている。建設時の設計図書の一部が市史編さん資料として保管されており、鹿児島県内の戦前期水道建設史を研究するうえで重要な一次資料となっている。
現況
敷地内に案内板が設置されており、外観の見学が可能。近代水道遺産の学習資料として活用されており、霧島地区の水道史と産業史を理解するうえで重要な現地資料となっている。
出典・参考資料
- 1霧島市市史編さん委員会『霧島市史 産業・土木編』(2015年)
- 2鹿児島県企業局『鹿児島県の水道50年史』(2003年)
- 3日本水道協会「近代水道遺産データベース」↗
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